※前期破水、死産したときの記録です。

ご気分を悪くされる方は、お控えください。











絨毛膜羊膜炎による前期破水での死産でした。


今考えてみると、5ヶ月に入った途端の茶オリや、19週のときの突然の出血は関係なかったのだろうか??


19週のときの出血の原因は、胎盤の移動により、縁からの出血と診断されました。

3日ほど鮮血が出ていましたが、徐々に量は減っていきました。

そして4日目の夜に直径3cmほどの血の塊が出てきて受診したときは、胎盤の縁が子宮口に少しかかっているとのことでした。

そして、1週間後の6ヶ月の妊婦健診では、胎盤は子宮口から4cmほど離れているとのことで大丈夫と言われました。


ただ、20週に入った途端、夜寝るときに、下腹部が一瞬キューっと硬くなることがありました。

一瞬ですぐに元に戻っていたので、そのときは、子宮の収縮だと気が付きませんでした。

そして、いつもと違うオリモノ。
まだ茶オリだったのですが、水っぽく、量も多かったときがありました。

破水した日も朝から下腹部が一瞬キューっと硬くなる頻度が高くなり、夜にはもう結構な回数で収縮していました。


これがきっと絨毛膜羊膜炎のサインだったのでしょうか??


出血したときや、血の塊が出たとき、病院に行ったのに、発見できなかったのか?

破水した前日には、妊婦健診で内診もしてもらっていたのに、発見できなかったのか?

そのくらい発見が難しい病気なのか??

私が症状をきちんと説明しなかったのが、発見に至らなかった原因なのか??


そして、不育症の検査は受けなくて良いと言われたが、しなくて大丈夫なのか??


いろいろとモヤモヤが残りますショボーン



もし次にまたベビちゃんを授かれたとき、同じことを繰り返したくない!
またベビちゃんに苦しい思いをさせたくない!
もう悲しい思いはしたくない!
今度は十月十日お腹の中で育てて、無事に産声のある出産を迎えたい!!



次に絨毛膜羊膜炎にはなりたくないけれど、
もし、
万が一、
なってしまったとき、
予防や、早期発見につなげたい。



そして、次に妊活を再開する半年間に免疫力を高めたい。

できることを少しずつやっていこうと思います。


●適度な運動
→30分の散歩やジムに通う、家でのストレッチを始めてみようと思います。

●乳酸菌をとる
→今までと同じようにラブレやヨーグルトを毎日取り入れる。

●乳酸菌のエサとなる食物繊維をとる
→大根やレンコンなどの根菜類をなるべく多く取り入れる献立を勉強しようと思います。

●温活
→もともと平熱が低いため、なるべく冷たい飲み物は控えようと思います。無理しない程度にw
そして、湯船に浸かったり、靴下や腹巻きでカラダを冷やさないようにしようと思います。

●心のケア
→仕事も辞めて落ち着いたので、何か打ち込めることを探そうと思います。もともと仕事人間なので、無理しない程度に仕事も探そうと思います。
それと、旅行が好きなので、夫と二人の時間を楽しめるうちに楽しもうと思います。

そして、徐々に外に出て人と会ってみようと思います。←今は引きこもり状態なので



詰め込んで無理しがちなので、少しずつてへぺろ
焦らず、ゆっくりと。
ときには、立ち止まってもいい!
泣いたっていい!!
何もしない日があったっていい!!




我が子も、こはるもきっと、
メソメソしているママよりも、笑顔のママのほうが喜んでくれる!

こはるが、ちゃんとお空に戻れるように、笑顔で戻れるように、努力していきたいと思います。

昨日で、あの日から1ヶ月が経った。

そんな昨日は、胎盤を病理検査に出していた結果を聞きに病院へ。

まずは私の診察。

子宮も回復していて、問題ないとのこと。

お腹もぺったんこになっていて、妊娠前に履いていたパンツが履けるようになっていた。

体はもう妊娠していたことを忘れようとしている。

ほんの1ヶ月ちょっと前までは、お腹が大きかったのにな。


人間の体ってつくづくすごいと思う反面、気持ちはまだまだ回復できていない。



そして、夫も診察室へ呼び、一緒に結果を聞きました。


まず、染色体の異常はなし。

ここで一安心。よかった。


そして、今回の破水の原因は、


『絨毛膜羊膜炎(じゅうもうまくようまくえん)』



やっぱり、そうだったんだ、、、

退院してからネットで調べて目にしていたワード。
そうではないかと思っていたけれど、そうでないことも祈っていた。


だって、癖になることがあるって書いてあったから。



先生からは、今の段階では、不育症の検査など受ける必要はないと言われ、生理を2〜3回見送れば、また妊活を再開しても良いとのこと。


そう言われても。。。


なんだか、複雑な気持ち。



絨毛膜羊膜炎の発見は、難しいのは承知です。
破水の前に、妊婦健診に行って、内診もしてもらったけれど、特に何も指摘されなかった。

今更、誰も責めたりはしません。

ただ、予兆があったのに、それをあまり気にせずにいた私自身に、どうしてもっと症状を伝えなかったんだろうと、腹が立ちます。

入院中、張り止めの点滴を止めたとたん、頻繁に感じていた張りがなくなり、ウソのように何の症状もなくなりました。

こはるは、きっと生きたかったに違いない。きっと頑張っていたんだ。

だから、子宮口を広げる処置をして、陣痛を起こす薬を使ったことを考えると、こはるの意に背いたんじゃないかと、、、

私が、こはるを殺してしまったんじゃないかと、、、

そう自分を責めてしまう。


何かしらの細菌が入ってしまったのは、明らかに私のせいだから。
予兆のサインも見逃してしまったのは、私のせいだから。


こはるに、謝っても謝っても、謝りきれない。
取り返しのつかないことをしてしまった。

楽しみにしていた、かわいいかわいい我が子を。


きっとこんなママを、天使となった息子は、心配でお空へ帰れていないんじゃないかと思ってしまう。

ごめんね、こんなママでごめんね。




それと同時に、次への不安もわいてくる。

もしまた授かれたとしても、また破水してしまったら?感染してしまったら?

この先、この手で我が子を抱くことができるのだろうか?
この家で我が子と過ごせるだろうか?



今まで、当たり前のように想像していた光景が、当たり前ではなく、大きな大きな私の夢になった。


こわくて、こわくてたまらない。



芸能人だって、周りの人だって、みんなできていることなのに。
どうして私たちだけ?


こうゆうときは、こはるの悲しそうな顔が浮かぶ。


前向きなときは、こはるの笑っている顔が浮かぶ。


だから、今はまだ気持ちの整理ができていないけれど、涙が出てしまうときもあるけれど、少しずつ、ゆっくりと、前向きな気持ちになっていけるといいなと思います。



前期破水、死産したときの記録です。

※ご気分を悪くされる方は、ご遠慮ください。










陣痛を起こすための膣剤を入れてから、ジワジワとくる痛み。


面会は午後からだったため、夫とはラインでやりとりしながら、状況を伝えていました。


痛みの波は徐々に間隔が短くなっていきました。



痛みの波がきたときは、自分で背中をさすり、ゆっくりと息を吐きながら耐えました。


陣痛の痛みが分からず、もっと痛いのかと思い、ナースコールをせずに耐えていると、気がつけば、痛みの波は3分おきくらいになっていました。


様子を見に病室にやってきた看護師さんが、私の様子をみて、慌てて、車椅子を持ってきました。

診察室で内診したときは、すでに赤ちゃんの足が出かかっていたようで、すぐに車椅子で分娩室へ。


夫には、看護師さんから連絡をしてもらいました。


分娩台にあがり、赤ちゃんの頭が引っかかっており、先生が一生懸命、丁寧に、傷付けないように、赤ちゃんを出してくれようとしてくれていましたが、その痛さといったら。。。


痛いー痛いーと絶叫していました。
でも、こはるも頑張っていると思い、必死でした。


呼吸法もやってみるものの、痛みが勝ってしまい、上手く出来ませんでした。



そして、午後1時10分、386gの男の子を出産。


途中で心拍が止まってしまい、
産声のない出産でした。


その瞬間、声を出して泣いたことを覚えています。

あぁ、きっと一生懸命産まれようとして、頑張ってくれたんだな、と。

我が子の頑張りが伝わって、涙が止まりませんでした。


ありがとう。本当にありがとう。

がんばったね、こはる。



2時間半と、とても安産でした。



強くて、心優しい我が子です。



我が子と、こはると対面したときは、
とても私たち夫婦に似ていて、可愛かったです♡

小さなお手手はちゃんと合掌のポーズで合わさっており、小さな帽子もかぶせてもらっていました。

小さな小さな我が子でしたが、しっかりとしていました。


この子がお腹の中にいたんだな、、、


その日は、誕生日であり、命日になりました。


夫と二人、ちゃんとしたケーキは買えませんでしたが、コンビニで小さなケーキを買って、お祝いをしました。


私たちの元に来てくれて、ありがとう。
産まれてきてくれて、ありがとう。
大好きだよ。


この日のことは、一生忘れません。