8人に1人が苦しんでいる!「うつ」にまつわる24の誤解 | 言葉があふれてる

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【抜粋】


もはや「ウツ」の人に限らない―「何をやりたいのかわからない」現代人の悩み

――「うつ」にまつわる誤解 その(16)

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沈黙してしまった「心」を
目覚めさせるプロセス


 「心」(=「身体」)のストライキによって、「頭」の支配体制がダメージを受け、その結果、ようやく「頭」は「心」の声に耳を傾けざるを得なくなります。

 そこで「頭」は「心」(=「身体」)に向かって、「本当は何がしたいの?」という質問を向けるのですが、これに対して「心」(=「身体」)は何も答えてくれません。なぜなら、この質問が不適切だからです。

 長い間「頭」によって弾圧され、発言を許されなかった「心」(=「身体」)は、その間にいわば退化させられてしまったようなもので、これが再び動き出すためには、幼児の「自我の目覚め」に相当するプロセスをもう一度経ることになります。

 幼児は、2~3歳頃に自我が目覚めはじめると、親の指示にことごとく「イヤイヤ」を言うようになります。「寝なさい」と言えば「寝ない!」と返し、「寝ちゃダメよ」と言えば「寝る!」と言うのです。これを「イヤイヤ期」と言うのですが、これが自己主張の初期の形態です。


徐々に「~したくない」が絞り込まれていく


「イヤイヤ期」にあった「心」(=「身体」)は、段々にやみくもな「イヤ」ではなく、その対象を絞り込んでいくようになります。人と会うのも外出するのもすべて「イヤ」であった状態から、特定の相手や場所・状況に対する嫌悪感や拒否反応に限定されていくのです。


「したくない」ことと
「したい」ことは表裏一体


「~したくない」の対象が絞り込まれてきますと、そこに、その人が譲れないものが、ちょうどネガのように反転した形で見えてきます。


「頭」による長い弾圧の後に「心」(=「身体」)が語りはじめる声は、小さく微かです。それは「なんとなく」とか「ふっと気まぐれに」といった感じで現われることが多いので、揺るぎない理由や功利性を求める「頭」が大声で割り込んでしまうと簡単にかき消されてしまいます。ここが難しいところで、良質なサポートが大切になってきます。その人独自の「中心的なこだわり」から発した「~したくない」を十分に尊重しつつも、その奥に聞こえる「~したい」に耳を澄ますこと。これが、その人の真の「社会復帰」の方向性を見つけるうえで欠かせない重要なことなのです。