災害ボランティアの祖として知られている颯田本真が文久2年(1862年)に慈教庵を構えたのが始まり。
明治10年に浄土宗興律派の寺院徳雲寺(尼寺)となった。
山門
手水舎
本堂
(明治16年建立)
石塔
弁天堂
(大正7年建立)
正覺寺の次はお隣さんへ
寛正4年(1463年)に比叡山の教印栄俊が十一面観音を祀って天台宗の寺として創建された(五世住持珠光の時改宗)。浄土宗西山深草派の如意山國壽寺寶珠院。当時は吉田御坊と呼ばれていた。ここが地名の由来で吉田と言われる所以。天正19年には豊臣秀吉の朱印状を受け、江戸時代には寺領30石を領有していたという。三河七福神の寿老尊が祀られている。また三河海岸八十八ケ所大師霊場三十七番札所・東條吉良三十三観音霊場でもある。
山門
山号石柱(左)
海嘯記念碑
(明治22年の高潮の惨状を伝える石碑)
六角鐘楼門
仁王像(阿)
仁王像(吽)
扁額
手水舎
水盤
本堂(延宝2年)
忠魂堂(明治35年)
本尊:草切十一面千手千眼観世音菩薩(草切観音)
三河三十三観音霊場二十四札所:阿弥陀如来
境内の観音像
境内の石仏
葵の御紋(天水桶)
生憎の雨の中吉良吉田のお寺巡りを続行!
次は建長6年(1254年)に執権北条時頼によって天台宗のお寺として創建され大きな伽藍を持つ大寺院でしたが元弘元年(1331年)の兵火によって焼失している。その後焼跡に道全沙弥が草庵を結ぶ文安元年(1444年)に浄土宗亀足山正覚寺の章久養玉上人がお泊りになった際、西福寺と名付け浄土宗(改宗)のお寺として再興される浄土宗西山深草派北星山西福寺。
三河三十三観音霊場第二十五番札所:聖観世音菩薩。
寺号石柱
石柱門
星福辨財天
手水舎
水盤
本堂
ご本尊:阿弥陀如来
山号扁額
鐘楼(県指有形文化財)
将軍徳川家光によって再建された伊賀八幡宮(岡崎市)の鐘楼で寛永13年(1636 年)に建立されたが明治の神仏分離令によって破却される時にこちらの西福寺に移築された。
石仏
三つ葉葵の御門
イチョウ
15mあった大銀杏
2025年3月18日の落雷によって4m程になってしまった
境内