「班女 HANJO」雑記・思いつくまま~京橋知美 | うっかりはちのダメ生活日記

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東京にて細々と役者をやっている井家久美子のブログです。
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ということで割とやってる、役成仏企画。

ほぼ二次創作の世界で
公式の設定ではない私の妄想もありますゆえご容赦。
さて、もろもろお許しいただける心が大海のごとく広い方は↓へどうぞー。


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京橋診療クリニック。
それは私の職場だ。
今日も玄関先の診療中の札を裏返し、悩み多い人たちを迎え入れる。



目には目えず、何の証拠もないのにそこに必ずあると多くの人たちが信じている。

それは心。

そんな曖昧なものを生涯の仕事にしたのは
ただ、わかりたかったから。
己というものを。他人というものを。

いや、もしかしたら。
なにかを選ぶことにもっともらしい理由をつけたかっただけなのかもしれない。


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「同じ夢を見るんだ、俺がどこかの屋上で知らない女を撃つ」

腐れ縁と言える江口君の
こんなに弱りきった姿を見ることはそうない
繰り返し見る夢の理由。
それが知りたいと。


催眠療法によって現れた幼い頃の彼の言葉によって、私は知った。
あまりに深刻な幼少期の虐待。
それが彼の心に深い傷を残していることは明白だ。 

…結果として、私は彼に告げずに
夢とは必ずしも何かに繋がるわけではないのだと諭した。彼は虐待の全てを覚えてはいなかったから。
人は忘れることで、その心を守ることがある。
逆に言えば、思い出すことで壊れてしまうこともあるということだ。

医師としても友人としても今言うべきではないと判断する。

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江口君が連れてきた夢の女、金菱花子。
「俺は二週間後に、あの夢のようにこの女を屋上で撃つ」
彼女をカウンセリングすること数回。

子供である「チョッチ」と「ザイン」の相手をするのは体力的な問題を除けば、さほど苦痛でもない。この仕事は存外、体力がいるものなのだ。
とはいえ、その突拍子のなさにそこそこついていけない年であることを笑わないでほしい。

「セイン」の目を盗んで私の前に現れた二人は、外の世界に興味津々。
妙齢の女性がじゃんけんやらお馬さんごっこで遊んでいるのを見ると不思議だろうが、
仕方がない。


彼女は解離性同一性障害だと診断した。
いわゆる多重人格といった方がわかりやすいだろうか。
金菱花子の中には複数人の人格が存在する。
基本人格である「花子」、主人格である「セイン」を筆頭に8人。まだ他にも存在しているだろうと推測される。

耐えられない現実の中で「花子」が生きるために、彼女たちは生まれた。
そして今そのすべての人格が求めている。
それは由井秀臣という存在。

そう、峰ヶ崎で死体となって発見された、
あの由井秀臣だ。

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今までの人格たちの話からみても、秀臣の死をきっかけに、今新しい人格が目覚めようとしている可能性は非常に高い。
目撃したであろうその事実は、
彼女に相当な負荷をかけたはずた。
一度はその事実をなかったことにしなければ、
再びその瞳を開けることが出来ないほどに。

その闇を補うために生まれた人格は
私の推測では二つ。
秀臣の死を受け入れられず全てをリセットしようとする人格、それに相対して彼女が秀臣を失わずに生きるための人格「秀臣」
その二つが今、危うい均衡を保ちながら他の人格たちの一部にその姿を垣間見せている。


勘違いされているかもしれないが、
治療とは人格を統合することがゴールではない。
私がするべきは金菱花子がまず生きていけるように手助けをすること。
全てを失ってでもただ、現実を突きつけることではない。
幻が支えだというのならそれもいい。
時間をかけ、彼女が一番良い状態を共に探していく。
それが私のやり方だ。

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「月乃 」による自殺未遂。
「セイン」の混乱。
金菱花子の中の人格に触れる度、
「予知夢なんてものはない」
そう言い続けた私の心は傾きかけていた。

私は少なくとも知っていた。
心は時として、知識や経験、常識では説明がつかない事象を起こすこと。
私たちはただそれになんとか説明をつけるしかない時があることを。

江口君が花子さんを撃つという未来は起こってしまうのかもしれない。
乱暴な振りをしてもおどけて見せたとしても、人を傷つけることを恐れる彼が、その未来に耐えられるとは思わない。
もし、夢が現実になる可能性が少しでもあるなら。
その時に浮かんだ私の願いは一つだけだった。

それは主治医としてのそれなのか、
彼を大切だと思う一人の人間としてのそれなのか。今もわからない。

「必ず、変えてほしいのその結末。…お願い」
「…ああ」
そう言って彼が走っていった後には、
煙草の香りだけが残っていた。

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江口君の部下だという笹川という刑事が、
やってきた。
江口君とは正反対に見える女性だったが、
その目を見て信頼できると判断した。
それは真実を見つけようとする彼と同じだったから。


数時間後、彼女が私に教えてくれた事実は驚くべきものだった。

…花子さんが住み込んでいると言っていたキャバレー羅生は、閉鎖していた。

これは同時に、花子さんが今までカウンセリングで私たちに話していたキャバレーの人々は現実には存在しないことを意味する。
彼らは、花子さんの「中」に存在していた。
人格たちが姿を変え、彼女を支えるために作られたキャバレー。
彼女の病状は著しく進んでいたのだ。
他者を必要としないほどに。


…ふと手を入れたポケットに入っていたのは、江口君から取り上げた煙草。
あれから、どれくらいの時間が経った?
花子さんが現れたのは。

「二週間目」
「屋上」
勤務中である彼の懐には、銃。

「お願い、江口君のところに連れていって!そこに必ず花子さんが現れるわ」

常識も知識も関係ない。それは確信だった。
全てはあの夢に繋がるのだと誰かに囁かれているように。
ただ、走った。
終わりの、その場面に向かって。


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新宿の明かりが見える屋上。
糸が切れたように倒れている「花子」
目を開けたまま、彼女は何の反応も示さない。

由井秀臣を愛するがゆえに殺した由井かなみによって、その死は「花子」の知るところとなった。
目覚めるはずだった「秀臣」は13番目であるリセット人格により他の人格と共に消えた。
愛した人を求め続けただけの悲しい女性、金菱花子は失われた。

夢は現実にならなかった。
でも、この現実は。

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「ハジメマシテ」
無力感に立ち尽くす私たちの耳に聞こえたのはそんな言葉で。
振り向くと、立っていた。
今まで一度も見たことのない目をした、
金菱花子の姿をした、誰か。


「わたしを殺してください」
それは夢と現実を繋ぐ言葉。


彼が見た光景を今、私は見る。

もう触れあえないならばと
その存在を消してしまうほどに愛していた人を失った、貴方の苦しみは計り知れない。
でも、それでも。
消えないで。まだこの世界に少しでも心を残しているなら。

どこかで自分と繋がる
彼女の苦しみを終わらせてあげたい。
どんなに悩み苦しんでも人を思うその優しさが私は本当に好きだけれど。
でも、それでも。
消さないで。まだ貴方に迷う心があるのなら。


「先輩、やめてください!!!」


失って、
それでもまた大切なものは増えていく。
その可能性を絶たないで。

貴方の願いは。
貴方たちの本当の願いは。
終わらせることではないはず。


「やめてー!!!!!!」


鳴り響く銃声。
撃ち抜いたものは虚空。
そこに広がるのは






無数の可能性。




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完全にわかりあうことなどできないから。
だからこそ。


誰よりもみんなのことを考えていたあなたを。
良い子でいなければと頑張ったあなたを。
元気一杯に遊ぶあなたを。
ごっこ遊びが好きなあなたを。
歌が得意なあなたを。
膝枕が好きなあなたを。
少しだけ、心を表すのが苦手なあなたを。
乱暴者なあなたを。
みんなを見守っていたあなたを。
踊りが大好きなあなたを。
いつもにこにこしているあなたを。
大好きな人に、ただ会いたかったあなたを。

忘れていても、心のどこかで覚えていた約束を守ろうとしたあなたを。


光が明滅する街の中で。
見失わずに、貴方を思う。
ここにいるよ。
そう告げるために、私はクリニックの看板を裏返す。


いつでも、ここで待っているから。
またあなたと、話をしよう。
無数の可能性の話を。