近松雑記~思い付くまま | うっかりはちのダメ生活日記

うっかりはちのダメ生活日記

東京にて細々と役者をやっている井家久美子のブログです。
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「母上、お願いします」

そう言って、娘は小刀を自らに向けた。刀を振りかざす私の脳裏によぎる思い。



私が夢見た未来はこんなものだったのか?



昔、私は名を守ることを選び、この国が平らかであることを願った。
心から欲しかったものは手に入れることは出来なかったけれど。

選んだ道の先に私の愛するものたちがいるのなら、あの選択は間違っていなかった。
そう言うことができた。
例え心のどこかに苦しい想いが燻ることはあったとしても。

 




でもこれは違う。






振り上げた刀を投げ捨て、娘から刀を取り上げた。

あの時、心を殺しても守りたかったものは、見たかった景色はこんなものではない。
それはきっとあの人も同じだから。




吉野川を渡ろうと走り去る娘の後ろ姿を見つめ、そしていつの間にか大人の顔になっていた息子の手を借り立ち上がる。
いつも側で支えていてくれた者たちが涙ながらに、微笑んでくれる。
空からは降りしきる桜の花びら。
…手に桜の枝。

長きに渡り反目しあった両家が手を取ることは決して容易なことではないだろう。
入鹿がそれを見逃すはずもない。

何と戦うことになっても私は選ぼう。二人に手をとらせる道を。

永い時を経ていつか先の誰かが、見るはずがないと思った景色を目にするかもしれないから。
母上が見ることのなかったこの景色を今私が目にしているように。


門左衛門。
きっと今なら、お前が書けなかった作品をお前を見ていた誰が紡いでくれるだろう。
もう二度と一つにはならぬと諦めたあの日の桜の枝が、吉野の川を流れ、寄り添う日がきたのだから。


なあ、そうだろう?

手元の桜に話すように呟いた言葉は吉野の川を渡り、きっとあの人に届くだろう。
風に乗り、降りしきる桜と共に。

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