江ノ島で奥津宮、龍宮を参拝する | タロット日記

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過去と未来とタロット

この間、寒さ凌ぎの水族館見学のついでにせっかくだから江ノ島へおまいりへ行くことにした。
寒い東京と違い藤沢は太平洋に面してるのか、心なしか微妙に暖かかったので助かった。
かつて鎌倉幕府の都があったのは去ることながら、時代の傷痕や歴史のダークサイドを隠してなかったり、そこはかと無く泥臭かったりする神奈川が好きである。
鎌倉は勿論のこと三浦の油壺も人がいっぱい死んでいる。鎌倉時代は戦国時代物みたいに変な持ち上げ方をされることが(個人的に)少ないような気がする。

私の先祖は大分が豊後だった頃、琉球が薩摩に攻められる前、天正時代のとき。先祖は豊後が琉球のお宝をガメたいがために現地へ寄越したスパイであった。しかし、先祖は武家出身とは言え次男か三男だったので、遺産は全部長男の物。医者になるしか無かった先祖は豊後へ戻ったところで金は無い、世相も良くない。そんな先祖は現地語を一年でマスターするような賢い男だったので、さっさと任務を終えて何らかの理由を付けて旅したあと、琉球の娘と結婚して故郷へ帰ることは無かった。

 

お侍さんは大変ね。

 



※ここから明治政府への愚痴が含まれます


割と下の方に神社があったが、かねてより気になっていた江ノ島の上ら辺にある奥津宮へお参りすることにした。
その奥津宮の近くには岩屋の上に鎮座している洞窟チックな龍宮もあるので、ワクワクに拍車をかけると言うかむしろメインはこちらだったかもしれない。
そう言えば江ノ島は弁財天信仰なのに、神道チックなのはやっぱり明治維新の影響の気がする。真相は分からないが、龍宮に「ワダツミノミヤ」と神仏分離チックなルビを振ってるあたりに当時の背景を見た。

あれワダツミって大綿津見、海神って書くんじゃなかったっけ?ここの龍神の凄まじく激しい気性を感じるけど、パワー的にワダツミさんとはあまり関係無さそうだけどなー。

どうして宗像三女神が?庶民の信仰まで変えなくて良かったのにと思って、調べてみたら江ノ島の岩本院と言う寺が強力だったが、廃仏棄釈で仏像、仏塔やらスーパーエクストリームデストロイ。

果てにお坊さんも神職にクラスチェンジ。

岩本院もその煽りを受け岩本楼に、ひでえことしやがる。

 

日露戦争の英雄、児玉源太郎さんを祀った児玉神社もあった。ここもそうだが、靖国でも軍人は人の子だから墓前で冥福を祈った方が供養になるんでないの。


と言うわけで、そんなことはさておきダンジョン的な楽しさのある龍宮へお参り。実際近くで見るとシャッター越しに暗いところでお祀りされていて想像と違っていた。
うーん、ここの龍神様って本当は下の岩屋にいらっしゃるんじゃないの?と感じた。
龍神さまって窮屈になるとすぐ移動しちゃうから。
そうなったらウナギみたいに掴む隙もなく、どこかへ行かれてしまう。


しかし、この社のヴィジュアルのインパクトは凄まじくカメラ台まで用意されていた。


奥津宮。きっと本当は弁天様なんだろうなと思いながら柏手を打った。商売繁盛、芸術、音楽、美女で爬虫類がお供、これほど分かりやすい神様はおるまい。カップル破局伝説から女の哀愁も感じさせる親しみやすさまであるのだ。


天井に描かれてたかわいい亀。
江戸時代の高名な絵師によるものらしいが、原画は保管され絵は平成になってから新に模写されたもの。
元絵を描いた人はきっと爬虫類好き。
 

江ノ島水族館にて。ウツボが可愛かった。