ネコだけ愛誤のよくある主張、「人やネコ、命に優しい・・・」
とかいう言葉、完全室内飼いのネコに限り鳥やハムスターと仲良くしている場合もあるようですけど放し飼い猫とノラネコは違うでしょ。
小さな命を散々虐待しまくってるじゃないですか。
TNRという名目でネコの遺棄という虐待行為を粉飾。
命に優しいとか言ってネコ自体の残虐行為は隠蔽。
人にも猫にも優しい世界とか言って糞尿始末は他人に押し付け、被害者の訴えは完全無視。
ネコキチ・愛誤の嘘詭弁虚偽詐欺隠蔽隠匿は今に始まったことではない。
ネコだけ愛誤が猫以外保護しないのは当たり前だと言えるが、
動物保護団体が、小動物を虐待し野生動物に脅威を与えるノラネコの駆除に賛同しないのはおかしいと思う。
ネコの保護活動をしている中にもまともは人達がいるのも事実ですが、ノラネコにエサをやるだけの頭のおかしい奴が圧倒的に多いせいで、同じ扱いを受けているのは気の毒だとは思います(当ブログで非難しているネコキチ・愛誤等の表現に値しない方々)。
ネコだけ愛誤がよく猫を狙って公園に毒餌が撒かれています、子供たちが口にしたら危険です、と書いているが
餌やりのせいで汚くなった公園にそもそも普通の子供は寄り付かないし、親だって止めると思う。
ネコ被害が目立たない場合、砂場に糞が入っている可能性や茂みの中から突然飛び掛かって人を襲うネコの方が余程危険。
だいたいネコ好きが餌をやるからノラ猫が増えたせいで被害が増え、結果駆除されるのだから、ネコ愛護が駆除に文句をつけるのは本末転倒。
そもそもネコが駆除される原因を作っているのは餌やりとネコ愛誤だということに気づけ。
地球温暖化と、自然保護の助けに何か出来ないかなあと考えた結果、実益もかねて野良猫駆除が一番手軽で堅実かな。
ノラネコの存在意義があるとするなら、カラスやアライグマが野鳥のヒナや昆虫等を襲う代わりに仔猫を餌にしてくれるということしか思いつかない。
・・・・・・と書いたらネコキチが発狂するかな。
ペットを殺された恨みもあるけど私が何よりノラネコを許せないのはああいう小動物を虐める陰険な性質。
ハイエナやライオン等が草食動物を生きたまま残酷に殺したりする動画も多数あるけれど、あれは完全に野生動物の域だし、人間が手を出していいものではないと思う。
しかし放し飼いの、腹を空かしてもいないネコが、遊びで小動物を狩るのは完全に虐待。
ノラネコは小動物を虐待しているんだから人に虐待されたりカラスに食われたり子供に石をぶつけられても因果応報。
・・・・・・と書いたらネコキチが発狂するかな。
以前にもしつこく書きましたが人間がやるのは虐待だ!ネコの行為は狩りだから許される!とかネコキチ達が言うのなら、
ネコを虐待して楽しむ人間と、ネコがネズミ等を痛めつける様を眺めて楽しんでいるネコ飼い主と、どう違うか説明して欲しいものです。
私的にはどちらも同じタイプの人間に見えますが。
ああいうネコの虐待動画を楽しんでるネコキチの中には、ハムスターやネズミやヒヨコ等を買って
生きたままネコに与えて楽しんでいる輩もいてもおかしくはないでしょう。
ヘビに生餌を与える動画を虐待だ!と動物保護団体が糾弾するのなら、同様の虐待をする外ネコの駆除に賛成しないのはおかしな話です。
肉食動物のペットに生餌を与えなければいけない必要性はあると思いますが、それを娯楽として提供するところに問題があるのでは。
しかし、それならば公開せずにこっそり見えないところで虐待すればいいのか、というわけでもないでしょうし、虐待の解釈を拡大しようとすると、いろいろとややこしくなってくる。
人間がネコを虐待するのは駄目でネコが小動物を虐待するのは良い、
という根拠があるとしたら、やっぱりネコだけを偏愛するトキソプラズマ感染者の感情論なんでしょう。
ネコキチの理屈からすると人間の行う虐待も狩りの延長線上にあるとみてもいいんですかね、要は捕まえた獲物を虐めるわけですから。
昔は犯罪者の処刑が庶民の娯楽になっていたことを考えると、狂信的ネコ信者の屁理屈も一理はあるのかな?
ネコキチ達がネコが小動物を虐待する姿を喜ぶ行為が認められるのなら、
人がネコを虐待しても罪にはならないということになってしまう。
こういうことは堂々巡りにしかならないように見えますが、どんなに考えてみたところで、
ネコを虐待するな、駆除するなというのなら、ネコを外飼いさえしなければいい、という誰もが主張している至極単純な結論に落ち着くわけですよ。
ネコキチが一生懸命ネコのためにやっている行動は全てトキソプラズマ様への奉仕でしかないこと、
ネコキチはわからないのでしょうか。わからないんでしょうね、感染すると治らないらしいから。
ある意味ネコキチ・愛誤もトキソプラズマの犠牲者なのかもしれませんが
この場合犠牲者だからって全く同情する余地はないですけどね。
ただ擁護したい対象が違うだけで、ネコを虐待するな!と騒ぐ愛誤と、とネコに小動物を虐待させるな!
という私の言い分、抵抗できない弱い者を己の快楽のために苦しめる虐待者は許せない、というところは基本的に同じだと思います。
だけどどこかの誰かがネコを虐待している現場を見つけたら、見ないふりをすると思う(ネコ以外は除く)。敵の敵は味方、だから。
・・・・・・と書いたらネコキチが発狂するかな。
仮に地域鶏(地域ヤギとか地域ウサギや地域牛等でもいい)がいるとして、
昆虫や小動物や草を大量に貪って自然環境のバランスを崩しているとしたら、地域鶏を駆除しなきゃ!となるのかとえいばもちろんそうなると思います。ある種の生物が多くなり過ぎると、天敵が増えて個体数を減らされ、バランスを保つのが自然の摂理。それがたまたま増えすぎたノラネコに限り、人間が天敵となって駆除する、というだけの話。
そういう考えでいくと地球上に増えすぎた人類も駆除しなければいけない対象になるのですが、これに関しては
なぜかネコキチのキチ外思考が案外正しいかもと思ってしまったりします。(人間が悪い!人類が絶滅しなきゃ!)
しかし現実に地域なんとかと呼ばれる生き物は、ノラネコ以外存在しない。
ああいう猫が小動物を嬲り殺す動画を見てしまったせいで(ただでさえ訳あって嫌いだったけど)
外飼いネコとネコキチに対しては嫌悪感しか湧かなくなりました。gato動画というものを見て、
ネコ飼い達が、ネコが小動物を嬲り殺して喜ぶ快感がなんとなくわかるような気がしました・・・・・が
ネコキチってモグラやカエルやネズミや鳥に対して恨みを抱くほどの酷いことをされたのかな、と考えてみると
復讐でネコに小動物を虐待させているのではなく、やっぱりただの娯楽なんですよね。虐めと同じ。
犬の祖先が野生では群れを作って狩りをしていたのが、家畜化が進んで室内飼い、紐を付けて散歩
(あるいはドッグランで自由に走らせる)というスタイルが出来上がったわけです。
ネコを室内で飼うのが可哀そうというのなら、犬と同じく紐を付けて外を歩かせてやるだけでいいのです。
いずれにせよ、外で放し飼いさえしなければ、ネコは悪さもできないし恨まれることもない。
多くの人が書いているようにネコを大事に思うのなら、室内で保護して飼えばいいだけの話。
地域猫、ネコの外飼いというのは、ネコ愛誤とネコキチ、バ飼い主が虐待愛好家にネコを供給しているのと同じ。
ネコ愛誤・ネコキチ・餌やり・外飼いバ飼い主は、ネコチャンが好きだと信じ込んでいるだけの虐待犯。
ネコを室内で飼えば虐待もされず車に轢かれたりしないのに、
何か事が起きれば虐待、虐待と騒ぐネコ愛誤は本当にバカだと思う。
ネコを一番虐待しているのは地域猫推進の愛誤・餌やり・外飼いバ飼い主(ネコキチ全て)。
・・・・・・と書いたらネコキチが発狂するかな。
野良ネコに餌を与えれば法的に飼い主の責任が発生するのだが、
おかしなことにネコキチ・愛誤にとっては、《持ち物》が虐待された時だけ責任が発生し、
《持ち物》が他者に被害を与えた時には責任は負わないらしい。
あ、《持ち物》と書いたのはネコキチにとってネコはただの物と同じだろうから。
・・・・・・と書いたらネコキチが発狂するかな。
毎度のお約束。
ネコを可愛いと思うのなら、安全な室内で飼いましょう。
不幸なネコを減らしたいのなら、外ネコへの餌やりはやめましょう。
安心安全な環境を守るため、外飼いネコは駆除しましょう。
追伸。肝心なことを書くのを忘れていました。
野良猫(地域猫)の餌やりが「ネコが腹を空かせて可哀そうだから餌をやるのだ!」
と主張して他人の迷惑を顧みず餌やりを続けるのならば、
【外飼い猫に虐殺される小動物が可哀そうだから】外ネコは駆除してもいいですよね!
ネコキチのネコチャン可哀そう、なんて意見は糞尿被害に比べたら些細な事だから無視しても全然問題ないですよね。