こんばんは。

 

「喪中欠礼ハガキを投函した」という記事を

先日投稿しました。

ワタシの妻の前職が前職だったもので、
毎年大変たくさんの方との年賀状のやりとりがあるのですが、
今回の喪中欠礼ハガキでのお知らせは、
相当限られた範囲の方に絞らせていただきました。
(近隣地域の方には、地元新聞に出した逝去の広告で
 個別のお知らせに代えさせていただきました)
 
そんな中で、
長男が確か小学生の何年生の頃だったかな?
失念しましたが
元担任の先生が御供をお届けくださいました。
受け持つ児童が大勢いて、
かつ、年ごとに総入れ替えになっていては
一人一人の名前をいつまでも覚えているのは無理なのでは?と
ワタシのような素人は考えてしまうのだけれど、
長男が卒業してから??年経っても
こうしてお気持ちを寄せてくださるのは
感謝以外の何物でもありません。
本当にありがとうございます。
 
また、
このアメーバのサービスで知り合った友人も
今回の件で御供をお届けくださいました。
かなり前になりますが、
そちらにお邪魔した際には大変お世話になりました。
ネット上でやり取りをしている中では
全く距離を感じられないものの、
ワタシは北東北、彼らは関東。
また、いろんな話をできたらいいですね。
自営業で毎日大変忙しくしている中でも
さりげない心遣いを忘れない・・・
そんな素敵な友人です。
本当にありがとうございます。
 
表題に「また泣かされた」とありますが、
これ、感謝の言葉のつもりです。
長男の「旅立ちの儀式」が続いていた中で、
いくつかの感情を自分のずっと奥にしまいこんでいます。
 
でも、何かの拍子で表に出て来る。
できるだけいつも通りの自分でいなくては
仕事にも生活にも影響が出る。それでは、生きていけない。
 
・・・そんな「自己抑圧」をしているのを
長男逝去関連の何かがあることで開放される、
無理やり押しつぶしていた「悲しい」という感情が。
その開放頻度が増えることによって
少しずつでも長男は亡くなったんだという現実を
受け入れられるようになる気がしているんです。
だから、その機会をいただいているという意味で
大変ありがたく思っています。どうもありがとうございます。
 
四十九日(+百箇日)法要も終わって、
少しは気持ちに区切りをつけられるのかと思いきや、
つけられたような、つけられていないような、
自分でもわからないでいます。
多分、そんなことなのだろうと思ってます。
そこで区切りをつけられる人は、つけられるのだろうし、
つけられない人は、つけられないのだろうし、
恐らく自分は、時間をかければつけられるタイプかも知れません。
今、出来なくても、あとで出来るかも知れないから。
少しずつでも、現実というものと折り合いをつけつつ、
日常というものに近づけていけたら、と思います。
 
 そう、長男のいない「新しい日常」に。
 
 長男が永遠にいない日常に・・・。