今日はダンナさんの元同僚の方が
奥さん、娘さんを連れて
家に遊びにきてくれました。
ダンナさんが亡くなって2年2ヶ月
3回忌も無事に終わり
弔問に来てくれる方も
ここ最近はほぼいませんでした。
ダンナさんが闘病中
その同僚の方のお家へ一人で
お邪魔したことがあり
「今度はうちにどうぞ」
と言っていたそうなのですが
予定していたところへ
最後の入院になってしまい
病院にお見舞いに来てくれましたが
コロナ禍もあり
家に遊びにくることができないまま
2年も経ってしまいました。
この同僚の方は
1年目、2年目の命日に忘れずに
私にLINEをくださって
ダンナさんが亡くなっても
変わらず家族ぐるみでお付き合いしていきたい
と言ってくださっていました。
この方にとったら
ダンナさんと
「家に遊びに行く」
という約束をしたまま、果たせずにいるのが
心残りでもあったのかな、
と思いました。
それならば
ダンナさんがいなくても
お線香をあげてもらって家で
子供たちが遊べれば
同僚の方の気持ちもすこし癒されるのかなぁ
と思いました。
それが遺された者の役目なのかな、と。
奥様、娘さん達とは
直接会うのは初めてでしたが
みんなで手作りピザとたこ焼きで
ランチをして
久しぶりのお客様に
息子はハイテンションでした![]()
ランチをしながら
ダンナさんの闘病中のこと
同僚の方と一緒に働いていた頃のこと
子供達のこと
いろいろ話をして
「あぁ、こういうの久しぶりだな。」
と思いました。
同僚の方は当たり前だけど
私の事をダンナさんの奥さん、
として扱ってくれて。
「そうだ、私はこの人の奥さんだったんだな。」
と思いました。
ダンナさん、こういうの好きだったよね、とか
こう言ったらこう言い返してきそう、とか。
故人のことをよく知っているからこその会話。
会話をすることで
ダンナさんのことを思い出しました。
もちろん、毎日お線香をあげる時に
今日はこうだった、とか
息子くんが〇〇したんだよ〜、とか
話はしています。
でも、それとはまた違う感覚でした。
私や息子の中だけではなく
ダンナさんが人生で関わった人の中に
それぞれダンナさんがいるんだなぁ
なんて思いました。
「奥さんだった」
それは久しぶりに感じる
心地よい感覚でした。
ダンナさんが亡くなってからは
息子の母、として生きている私
(パパがいないからって父親をやろうとは思っていません
なんか、それは違う気がするから…。)
誰かの奥さん、それだけで
ひとりじゃないんだ、という心強さが
あるような気がします。
明日からは
また息子の母、に戻りますが
今日はダンナさんの奥さんとして過ごせた
楽しい休日でした![]()