知り合いが地方の市議会議員選挙にでている。
4人のお子さんの母である彼女。
選挙にでる という動きは突然にみえたが、
最初のお子さんを授かった時から、リアルタイムでずっと
その時感じたことを逃さずにその都度、
真っ直ぐ、その問いを周囲や地域社会へと
表に現しカタチにされてきた。
正気な人 ・ 正気であろうとしている人。
旦那さんの投稿した文章にこうあった。
何度も話し合うなかでたどりついた言葉が、
「いまここで子育てできて、しあわせだった。
だから、そのしあわせを、もっと広げたい」 だった。
と。
マイクも のぼりも 使わずに。
彼女は街に出ている。
ふと、うかんだ。
― わたしは道であり真理であり命である。 ―
あなたもわたしのように、あなた自身が道となれる。
それはあなたも、わたしのように道を示すことになる。
あなたが道を示せば、人はそれぞれ自分の道を示し歩きはじめる。
イエスとおなじことをしているとわたしには思えた。
彼女の自 由な生き方 = 独り原因となる生き方
響いてくる。