ひらかれた存在でありたい。
オープンでありたい。
とおもう
同時に
朱に交われば赤くなる
じゃないけれど、
そまりたくない。
まじわりたくない。
・ 純 ・ でいたい。
友達は少ない。
いないに等しい。
というか友達という概念が希薄。
展覧会
ライブ
釣り
基本ひとりで楽しむ。
自分が半減しない。
むしろ増幅する。
でも、正直、
人とその歓びを倍増っていうのは未知なだけ。だろう。
最近
おまかせ寿司のカウンターの動画が目に留まった。
カウンターのお客さんと平行に
刃の方をお客さん側に向けて包丁が置いてあるのをみて
これこれ!
とおもった。
嬉しくなった。
動画でも感じるレベルで
何がって、
自分の輪郭がクリアになる。
そんな感じ。
それとは世界線は異なるけれど
拒否 ・ 拒絶
もまた
自分がぼやけない。
「生理的にムリ」 という対応は、
するのも されるのも
愛 の 内
だと思う。
友人は少ないし、今じゃ交友範囲なんて皆無。
・ 点 ・ でしかない感覚。
けれど、人には恵まれてきたし救われもしてきた。
以前、趣味の世界でも、すごい人に巡り合えた。
クセ強で関わりづらい。
否。
というか自分の力量に応じて自然と線引きが起こる。
おまかせカウンターに置かれた包丁 状態。
そんなすごい人が、
初対面で 「こいつ、いいひとだ!」 って
眼をキラキラさせて言ったりもする。
「いいひと」とは人格者とかじゃなくて、
「いいところに目をつけて、いいしごとしてるひと、唯一無二」の一点。
「いいひと」とは言っているけれど、
ひと自体というよりも、どちらかといえば成していることに反応しているのが伝わってくる。
わたしの場合。ひと自体にも引き込まれた。
エネルギーの高低差?で、動いてしまったこっちとしては(笑)
自分より年上の同性でも好きになってしまった。
トキメイた。魅かれた。笑。
けれど
認めてもらう、受け入れてもらうという類のものではなく、
ただただその
おまかせカウンターに置かれた包丁状態 の関係 が貴重で嬉しい存在。
自分の輪郭がクリアになる。
以前もかいたけれど、
「みそくそいっしょ」に傾倒しがちな昨今。
存在がぼやけず正気でいるには
クセ強めな存在が
世界を明らめる。
そんなことを
思ったのでここに記す。