これはあくまでも感想なのだけれど。

 

人でも組織でも、保守と呼ばれている方が活力や、

こうしたい!っていう姿勢が強く現れていて、

 

リベラル(革新)と呼ばれている方が、

枯れているというか、気力を感じない。

(見た目は噓をつかない。内側は表に現われる。)

 

 

まもろう!っていう方が、変えていこう!って方よりも

前向きでエネルギッシュってこと。

 

これの意味するところは何なんだろう。

 

思うに

リベラルではなく反日といわれてしまうのはそこ。(反日という実体はわたしにはわからないが)

 

「反」 というのは文字通り「反応」でしかなく創造ではない。

 

 

 

「まもる」 という感性は幸福体験や成功体験 その実感があるから発動する。

つまり幸せな状態を知っている幸せな状態が立脚点。だから創造に意識が向く。

 

 

「反」 というのは現状、土台が不安定。

ポジティブな実感がない不安な状態がスタート地点。だから 「思い ・ 想う」 しかない。

 

 

「日本は社会主義国で唯一成功した国」というのをきいたことがある。

分かる気がする。

 

 

思想 って厄介で、「いいひと」が騙され利用されやすい。

つまりチカラをあけ渡してしまう。預けてします。

どちらサイドも。

 

 

 

侵害してくる方は ・思想・ でやれる。

でもその脅威や圧を受ける方は、思想では護れない、かわせない。

 

頭(思考)は持ってかれやすい。操作されやすい。

 

 

 

肌感覚 が大事。

なぜなら

 

感覚は個の属性だから。

 

感覚は個のチカラ。

 

 

権力は ・感覚・ を使われるのを嫌う。

 

 

 

 

国力って何か。

 

個の集大成。

個の生きるチカラがどれほど強いか。

智恵・体力・感性

個が成熟し磨きがかかれば

救済ではなく相互協力になる。

 

 

 

 

自らを「民」と位置付けるのはやめよう。

「民」と呼ばせない。

本来、大御宝とよばれていたのだから。

 

 

チカラを預けない。

政治家が失業するくらい、

仕事をさせないくらいの社会がいい と思う。

 

今日この頃。