プロの作家の多くは酒を飲んだあとは文章を書かないらしくて、その理由というのがやはり酒を飲んだあとの文章はまとまりがなくなり、意識が朦朧としてきめ細やかな表現が書けなくなり、深夜に書いたラブレターのような自己満足なものになりがちとかそういう理由らしいのだが、だが果たして本当にそうなのだろうか、と素朴な疑問が浮んだーら、ガンダーラガンダーラ。
逆に酒を飲みながら書いたほうが、酒から受け取った流れに棹さして、血湧き肉踊るようなアイデアが出てくることもあるのではないか、と僕は思う。僕はカレーをほうばりながら思う。僕がそう思っているときに、カレーは僕にほうばられている。
スティーブジョブズの一世を風靡した有名なスピーチがあるが、あれは実は並々ならぬ量のウォッカを飲みながら原稿の下書きを書いたらしい、というのは実は嘘なのだが、なぜこんな根も葉もない嘘を急に書いたのかも分からないのだが、誰も得をしない嘘をつくのが好きな人は作家に向いているのよ、とある有名な占い師に台湾で囁かれたことがある(この話も嘘)。
ウィリアム・バロウズという作家は酒どころかドラッグをやりながら頭をグチャグチャにして傑作の小説を書いたわけだしそういうこともあるのではないかと思うし、そもそも文章を書くというのは、ときに自分をさらけ出したりしなければならないわけで、甚だ恥ずかしい行為でもあって、酒でも飲みながらでなきゃやってられない、という意見も一部の地域では3対2の割合でわりと上がっているという報告もあるそうだ。
酒を飲まずに書いた文章を黄色だとして、酒を飲みながら書いた文章を赤色だとするならば、願わくば赤色の人生でありたい、と豪語していた時期が僕にもありました。
酒を飲んで書いた文章が、読むに耐えない駄文になるなんて証拠がいったいどこにあるのだろうかと思うし、都市伝説かもしれないではないかと思うし、誰かが果敢に試してみるべきだし、ちょっとトイレでストレッチをしたい気分が尻上がりで上昇してきたので(尻だけに)そろそろトイレに行ってきます。