先日29歳の誕生日を迎えて、世界中の著名人(ペネロペクルスなど)から誕生日おめでとうメール(各国の言葉で)が届く日々を送っているのだが、20代最後の一年間の、目標というかテーマを一つ決めた。
僕とベストセラーを連発している作家(僕の師匠を含む)と何が違うのかをずっと(2時間ぐらい)考えていて、まあ文章力が圧倒的に劣っているのはこれから修行を積めばある程度カバーできるからそんなに問題ないと思うのだけど(文章なんていくらでも真似できますからね)、読書量ではそれほど差はないと思うし、物事の発想とか世界の見方とか変なことを考える力みたいなのも負けてないと思うし、文章を書く量は最近自分も増やしてきたし(今月は原稿用紙100枚書く予定なのですがまだ全然書けていない…遊びに来たN君のせいだろう…)、将棋はどの作家よりも僕のほうが強いわけだし(元奨励会の人が最近デビューしたからそうでもないか…)、基本的に能力値であまり違いはないはずなのだけど、何と言っても決定的に負けているのが、サービス精神なのではないか、という結論に至った。
よってこの一年間は、合コンでサラダを積極的に取り分ける幹事のように、「サービス」重視でいきたいと思います。(この成功法則に気づいた今は、あとは換金すればいいだけの当選した宝くじを持っている心境です)
やはり今までの僕のスタンスとして、
「俺が書きたいのはこういう作品だ!これが面白いんだ!お前ら、俺についてこい!さあ、あの夕陽まで走ろう!」
という感じで作品を創って誰もついてきてくれないパターンが多すぎたのだが、もうそんなことをやっている場合ではない、ということに気づいたのである(この事実に気づくのに22歳から7年間かかりました。2年ぐらい前に一回気づきかけたんですけど、またすぐ忘れちゃうんですよね.。たぶんN君のせいだろう…)。
たとえば小説で言えば、僕は冒頭が一番好きなのです。
最初の三行ぐらいのその世界に入っていく瞬間の文章が、読んでいても書いていても一番楽しくて、後半になるにつれてトーンダウンしていくし、ラストなんてはっきり言ってどうでもいい、とさえ思っている。(映画も冒頭の10分ぐらいが好きです)
でも、最近投稿を始めたショートショートが特に顕著なのだけど、小説を読む読者の多くは、ラストのオチに期待しているんですよね。
ラストで意外な展開だったりすると一気に評価が上がるわけで、着地をどうするかで作品の優劣がかなり左右されてしまうのです。
でも僕が好きな純文学とかは、小説のラストにどっきりするようなオチなんかなくて、もっとフワ~とした感じで終わるというか、あっさりしているというか、逆に綺麗なオチなんかがあるとダサイ、という風潮なんですよね。狙いすぎ、という感じですかね。(続きがあると思ってページをめくったら、あ、ここで終わりだったんだ、ということがよくあります)
ただ、オチを狙って作るのはかっこ悪い、というのは僕のこだわりであって、それよりも多くの読者は驚くオチを求めているのだから、今後ショートショート以外でも小説を書くときは、サービスとして、オチをちゃんと面白くするように努力しようと思います。(オチをいろいろ考えなければならないので、おちおちしていられません)
このように、今後は作品を創るときに、かなりサービス寄りでこの一年間はやっていこうと思います。
読者が求めるなら美少女キャラクターも出すし、活字を読むのが苦手な人や疲れている人でも読めるようにポップにするし、ミステリーをメインにするし、ゆる~い笑いや、洒落た台詞や、役に立つ薀蓄も小説に織り交ぜましょう。(これは売れている小説への皮肉ではなく、本当にそういうものを書きます)
まあそれでも、絶対に譲れないこだわりはいくつかあるのですがね…。
(あとこのブログはもちろん、サービスほぼなしで自由気ままに書きます。金がもらえない文章で、サービスできるかああああ!!)