小説というのは何なのだろうと考えましたとき、それはこの世の中で一番大きいものだと、私思うのでございます。
人生よりも、政治よりも、経済よりも、歴史よりも、コンピューターよりも、宇宙よりも、そしてブラジャーに優しく包み込まれた女性の胸よりも大きなものが、優れた小説には詰まっているのでございます。
阿部和重氏の新作『ピストルズ』を読了いたしました。
題材、世界観、文体、プロット、キャラクター、構造、その全てが美しく絡みあい、それはリゾート地で最高のカクテルを飲んだかのような、もしくは、クラス対抗ドッジボールで精一杯体を動かしたあとのような爽快感。そしてその爽快感のなかに隠されているのは、ジェンガが佳境に入ったときに地震で崩されたときのような混沌感。
まことに僭越ながら、本文を引用させていただきます。
『とるかとられるかの貴重な資源の奪い合い。
それが人間の目には、チョウチョの優美な舞姿に映る。
必死の闘争も、ひらひらかよわい昆虫のふるまいとなると軽視され、無邪気な戯れのごとく見なされてしまう。可憐な見た目とは裏腹の、過酷な現実は無視されてしまう。
所詮はチョウチョのことだからと、人はただ眺めいって感興を覚えるばかり。
人々の諍いを見まもる神様も、どうせきっと安らいだ心地になり、風雅な趣でも味わっているにちがいない』
阿部氏の華麗に変化していく作品群は、全盛期の谷崎潤一郎を髣髴させます(おっと、私、全盛期の谷崎潤一郎のことをそれほど存じていませんので、予想で書いていることをご了承くださいませ)。
小説とは何を書いてもいい、何でもできる自由なジャンルなのだということを、『ピストルズ』を読んで、私、思い出すことができたのでございます。