大宅 壮一 (著), 大宅 映子 (著, 編集)
「大宅壮一のことば 「一億総白痴化」を予言した男」
を、読ませていただいた感想です。
だいたい4時間程度で読破。
第2次世界大戦前、戦後、昭和時代の主に政治・メディアことを
書いているはずなのだが、どうしても
最近の政治・メディアのことを書いているとしか思えない。
著者の先見の明がありすぎて、そう思えるのか…
現在の政治・メディアが、この時代から進化していないのか…
今のYouTuberを、テレビは「度が過ぎる」と
批判しているように感じていたが、
新しいマスコミとして登場していた頃のテレビも「興味」で人をつり、
はげしい視聴率競争により、興味の質を考える間もなく
度の強さを競っていたとのこと。
この本の中で、私は、真似たいと思う
教育方法があった。
小学生の娘に、新聞4紙・週刊誌・月刊誌を読ませて
「同じ記事でも新聞によって書き方が違うだろ?
だから一つの情報をうのみにするな。
物事はタテヨコナナメから見て、自分のモノサシを作り、判断しろ」
と、百人いたら百の違った意見がある大人の社会を
教えていたとのこと。
「ひとつの情報だけを信じるな」
は、私は大人になってから意識するようになったと思う。
今でも、それが、できているかどうかわからないが
何か記事を見たとき、自分の意見を考えたのち
ネットの同じ記事を複数探し、表現の違いなどもみて
さらに、記事のコメント欄や掲示板の意見を読んで
どのような意見があるのか、自分の意見は少数派か多数派かを
見るようにしている。
"ある正義"は、一方からみると正義だが
他の方向から見ると…違っていたりする。
最後に、著者が、危惧していることを記載して
終わりにしたい。
「刺激が過剰になり、刺激の度をますます強くしなくては
いけない状態が続けば、その刺激のない平常の時間に、
人はボンヤリとしてしまう。それは痴呆化するということである。」
晩年、日常生活でテレビ閲覧のみで過ごしていた
私の祖父・祖母は、病の痴呆になった。
老人の病の痴呆も同じだと思う。
手先を使ったり、本を読んだり、新しいことにチャレンジして
「脳」に刺激を与えている人は、痴呆になってない気がする。