昨日は早めに仕事を切り上げて
映画館でクリント・イーストウッド監督の「ヒアアフター」を観た。
イーストウッド監督は大好きな監督の一人だ。
ただ今回の作品には正直戸惑いを感じている。
主人公の設定が、人の手に触れることで、
生前その人と親交の深かった死者と交信することが出来る霊能者なのだ。
正直、この手の話は少し苦手だ。
でも「ヒアアフター」は死後の世界を描いている訳では全くない。
死に直面したり、身近な人間を亡くした人が、
死を見つめ、考えながら生きる姿を描いている。
大津波に遭い奇跡的に生還するする女性キャスター、
突然、一卵性双生児の兄を事故で失う弟、
自分の特殊な能力を忌嫌い、
霊能者を仕事とすることを辞めて工場で働くディケンズ好きの男。
この3人のエピソードが交互に描かれ、最後に交り合う。
津波のシーンはもの凄い迫力だし、
夜のシーンは美しく、
時に光と影が鮮やかなコントラストを見せ、
登場人物それぞれのエピソードが丁寧に描かれていく。
イーストウッドの作品の中では好きな映画とは言えないけれども、
やっぱり映画らしさに溢れた凄い作品だ。
多くの映画で、不可解で不自然な設定やエピソードをたくさん見ているのに、
何故、死者が生き残った者にメッセージを送っているという設定に、
強い拒否反応が起きるのだろう。
たまに実家に帰った時に、仏壇に菓子を供えると、
母が箱から出して、供え直そうとする。
「いいよ、まだ開けなくて」私が言うと
「箱に入ったままじゃ、お父さんが食べられないじゃん」母が言う。
”箱から出したって食べられないよ・・・”
そう思っている私がいる。






