今日は1ヵ月振りに走った。
少し桜が咲いていた。4月になったんだ。
何度かブログをアップしようとしたのだけれども、
どうも出来なかった。
先回、ブログをアップした日曜日、
体調が悪いなあと感じていたのだが、
低気圧が迫っていて偏頭痛だろうと思っていた。
月曜日には仕事を早退し、火曜日には休むこととなった。
しかし休みの間も病院には行かず、火曜日の夜になってやっと、
これは別の病気だと気が付いた。
しかし、あまり仕事を休む訳にもいかないので水曜日は気力で出社し、
退社後病院へ行くと40.5℃の熱があった。
点滴をしてもらった後、処方された薬を飲んで寝た。
熱は翌日にはかなり下がったが、
完治するのに2ヵ月程度掛かると言われ、
仕事をしながら通院し、運動は禁止された。
そんな時、今回の大震災が起きた。
事務所の天井のパネルがバラバラと落ちてきて、
生まれて初めて本気で机の下に潜った。
直後に宮城県沖が震源であることを知り、
震源から遠く離れた場所で自分が感じた揺れの大きさと、
10mの津波が来るというニュースを聞いた時、
一人でも多くの人が安全な場所へ逃げているようにと願った。
その後、報道され続ける被害は、
僕の想像をはるかに超える甚大なもので、
テレビの画面を通じてとはいえ、自分が住むこの国で、
一度にこんなに多くの人の不幸、困難、深い悲しみを
目の当たりにすることになるなんて思ってもみなかった。
病気で体力が落ち、気持も滅入っていたこともあるかもしれないが、
少しの間、ニュースを観ることも出来なかった。受け止めきれなかった。
今月、出場を予定していた茨城でのマラソン大会の中止が決定した。
もともと体調を崩してまったく走っていなかったし、
海外出張の予定が入っていて、帰国が大会の2日前という状況もあり、
地震が起きる前には、今回は参加を見送ろうと思っていた。
でも最近になって、もし大会が開催されるならば、
前日に現地に入り、そこで夕食を食べ、予約したホテルに宿泊し、朝食を食べ、
どんなタイムであれ完走し、土産物の一つでも買って帰ろうと思っていた。
それも自分の出来ることの一つなんじゃないかと思っていた。
しかし開催地の被災状況は、これも僕が思っていた以上に酷く、
とても大会を運営できる状態ではないということだった。
多くの参加予定者から、中止にして参加費用を被災地の復興に使ってくださいと申し出があり、
参加費用は義援金として寄付されることになった。
何だか自分だけが自分のことしか考えていなかったような気分になり、
また少し落ち込んだりもした。
自分に出来ることは、僅かな募金と節電協力くらい。
過度な自粛を唱える人の中には、被災者を思いやる優しさを持った人も多いのだと思う。
だけど元々厳しかった経済状況の中、原発問題の長期化や計画停電の実施で、
被災地以外の経済活動も、ますます停滞している。
その上さらに過度な自粛ムードが広まって、イベントが中止なったり、街に人出が減ったりすることで、
本当の意味で死活問題となる個人事業者や中小企業、そこで働く社員やパートの人たちが、
たくさんいることも忘れてはいけないと思う。
そして長期間に渡るであろう継続的な支援が必要となる被災地の人達を支えていくのに、
それ以外の地域が、もうそんな余裕はありませんとなってしまったら、一体誰が支援するのだろう。
経済状況が悪化して、最初に厳しい状況に追い込まれるのは弱い立場の人たちだ。
だから僕は、自分の生活ペースを取り戻しながら、
ほんの少しであれ自分が出来る範囲で、今まで以上に外出して、
食事をしたり、買物をしたり、映画を観たりしようと思う。
そして最近そう心掛けているように、明日からも、普段の3割増の元気で「おはよう」と言おう。