私も今年は35歳。
人生半分を生きて、先が見えやすくなった分、どういうふうに生きようか常に考える。

私は母の子に産まれた時から、外で働き、世間で揉まれるという運命の元にいた。
家でのんびりするのが好きなのに、働くことを義務付けられた人生。
世知辛い学校という場所で磨り減らされ、家では抜け殻のようにぼーっとする人生。

おおよそ娘の生き方は母の生き方に決定される。

実母は反面教師以外の何者でもない。
教師という職業を常にポジティブに能動的に行っている教師は1割もいない。
教師という職業は惰性に陥りがち。若い頃はともかく、40歳過ぎてからは、何とか惰性で行ってしまう。40歳過ぎたら、次の自分の道を探さなくてはならない。
母はそれができなかったのだろうか。
50歳で仕事を辞めたものの、今までやってきた経験を生かすでもなく、その後の15年間無為に過ごす生活。元から、頑健ではない家系だからしょうがないのだろうか。
母の生家は資産家なので、ハングリーに生きなくても生活できるためか、みなエネルギーに乏しく、穏やかだが家にこもり無為に生活している。
母だけ大学の時に素直だったため、フェミニズムか何かの思想にやられて、女性も職業をということで教師になった。教師という大変な仕事を請け負うだけの器はないのに。
しかも、自分が堅実な職業を持っているから、態度ばかり大きくて、あまり稼がない旦那と結婚してしまった。
幸い、実家が裕福だったから、でっかい一軒家を建てる土地と駐車場をもらい、今は左内輪で暮らせる。生きるために働かなくてもよくなって、母は何もしなくなった。
家事は週に三回の夕ご飯の支度(分担された自分の当番/週4回は私)と洗濯(洗濯は何故か好き)以外は何もしない。
掃除は特に嫌いで、年に三回くらいしか掃除機を持たない。自分の部屋は化石の地層のようにゴミが重ねられている。2階には開かずの間が2部屋ある。
家に居る時は1日中寝転んでテレビを見ている。
そんな生活を続けていれば、体力精力ますますなくなり、腰が痛いだの虚血だの言い出す。それで、ますます何もしない悪循環である。
寿命が短い江戸時代だったらいざ知らず、今はほっておいたら80歳まで生きてしまうご時世である。
60歳から20年間、日本の高齢者はそのように家で何もせず、だらだら暮らしててよいのか。
答えは否である。故に、最近、定年がのびたり、「高齢者も活き活きと」とかいってお上に何か活動するように求められている。

上に言われなくたって、私は母のようになるのはご免だ。
どうしたら、母のようにならないか今から一生懸命考えている。

どうしたら母のようにならないか。
私も母の血を継いでいる。同じ職業に就いてしまったし、同じような稼がない旦那と一緒になってしまった。ふだん、忙しく働いているか、ひたすらぼーーっとしていたいという欲望に襲われる。

母のようになるのが怖い。
世界の果て(実家の広い静かな家にいると時が経つのが早く本当にこの世でない所にいるよう)で一人朽ち果てていく母みたいになるのが。


とりあえず、社会と何らかの接点を年をとってからも持ち続けるべきであろう。
やらされている仕事をこなすのではなく、自分の仕事を積み重ねていこう。
死ぬまで、自分の創作を行いたい。
日々、感動したいから、美味しいものを食べたいから生活上手になりたい。
消費される人生ではなく。
創り出す人生を。



離婚を考えているというと、両親にさんざん辞めなさいと説得された。
子どものことを考えたら、確かに容易く離婚はできない。
私の問題は、面倒くさい問題で相手とぶつかるより、変更不可能な相手からはさっさと退却したいという逃避的性格だ。
しかし、子どもがいると、面倒な問題から、さっさと退却はできない。
間違った選択がさらに膨らみ、ほっておくと手にあまる状態が家族だ。
簡単にリセットはできない。

反発を覚悟で、もっと私の嫌な気持ちを夫に言うしかない。

「私の人生が八方塞がりなのはあなたと結婚したから」と言えたら、どんなに楽か。
頑張って、稼いでも、右から左にお金は流れていく。
夫に使ったお金が私に戻ってくるかは謎。
夫は何故か私が夫にお金を出すのを当然だと思っている。私が夫にお金を出して、感謝の気持ちを表されたことはない。
家族にお金を出すのは当たり前なのか?
まだ、親子関係だったら分かるけど、私たちは対等な関係の夫婦だよ。
それに、夫は勉強が忙しくてほとんど家にいない。
私と息子は母子家庭状態。
おばあちゃんがいないとやっていけないのに、夫は義父と義母を悪く思っている。
私は両親から独立したいのに、経済的にかなわない。
服も買えない。旅行も行けない。

まだ、大人になりきれていない、自分の人生をコントロールできない、
自尊感情が低い人と結婚してしまったのは私の責任。

私は二人も子どもを背負ってしまったのかと思うと、本当に辛くなる。

夫は、私が大変だ。辛い。と言うことを許さない。
自分は常に大変だと言う癖に、私が大変だと言うと怒る。
私の方が楽だと力説する。
そして、いつも「死にたくなる」という決め台詞で、私が苦情を言うのを封じる。
「死にたくなる」は本当に卑怯だ。
本当に死にたくなるとしたら、私は自尊感情に問題がある不安定な人と結婚してしまったことになる。これは確実に対等な関係は築けない。
夫は自分のせいで、私が不幸になっている事実に耐えられない。
だから、そこから目を背けて、家になるべくいないようにする。
不幸にしていると思ったら、その分、「いつもありがとう」と感謝の言葉を述べるとか、
進んで、時間がある時に、ご飯つくったり、掃除したり私が喜ぶことをするとか、それが夫には難しい。そこまで器量が大きい人だったら、こんな他人に左右される人生を送りはしない。

夫はやはり結婚当初から私と対等な夫婦関係を築きたかったのではなく、良い保護者を見つけたという思いで私と結婚したのだ。
与えてもらうことは当然のように受け取るが、与えることができない。

まあ、結局、似た者同志で、私も享受はするけど、ひたすら与える立場には立てないから、今、苦境に立たされている。













できちゃった婚のため不安要素はたくさんあった。
夫婦別財産にしようと提案したら、自分の取り分が少なくなるとごねられたこと。
妊娠中だというのに、私を置いて家を出て行ったこと。
結婚の報告に私の両親に会いに行ったところ、私だけが話していて、彼は自分から何も話さなかった。
結婚当初から、私が妊娠の責任をとって彼と結婚するというポジションだったのだ。
愛があったら、それはそれでよかったのかもしれない。

私が仕事復帰して余裕がなくなってくると、私は自分だけで精一杯で彼のこと全くみれなかった。
そこで、お互い思い遣る心が必要なのに、お互い自分のことだけ手一杯でそれが出来なかった。
大変な思いをして毎日乗り切っている時、「私の仕事はラクだ」と彼に言われて、私は布団の中で朝まで耳に塩が溜まるくらい泣いた。その日から、私は「離婚」もあるかもしれないと思った。

お互いペースが一緒なので、一緒にいやすいけれど、お互いを委ね合う容量は持ち合わせていない。
私は彼に対してわがままを言えない。

彼には結婚自体がまだ早かった。
私は他人に対する責任を二人も持てるほど太っ腹でない。

一番、申し訳ないのは息子だ。
大人の事情に翻弄されてしまう子どもに何と言えばよいのか。

息子は私にとって、何があってもあと20年くらいは一番の存在であるということしか、
責任がとれない。