1月3日ラジオ深夜便は昭和歌年鑑 昭和46 年 1971年のヒット曲
1971年。若くて可愛くて、歌が上手い歌手たちが
アイドルというカテゴリーで、次々とデビューした。この年に放送開始したオーディション番組「スター誕生!」はその火付け役となった。記念すべき第一号は森昌子。
まずはレコ大受賞曲 もうお分かりですね
1.また逢う日まで 尾崎紀世彦
ダイナミックな歌唱力、溢れ出す声量。今もCM等でよく掛かるが全然古くならない。イントロの掴み力なんてザ・筒美京平じゃないですか
作詞は阿久悠、鉄壁の布陣が放った特大ヒット。
受賞が決まった時、笑顔でVサインした尾崎はさわやかだった。
2.花嫁 はしだのりひことクライマックス
フォーク・クルセダーズ解散後、シューベルツ「風」、そしてこれ。女性Vocalの伸びやかなアルトが非常に魅力的。駆け落ちを明るく前向きに歌い、デビュー曲にして大ヒット。紅白に初出場を果たした。
3. 戦争を知らない子供たち ジローズ
花嫁に続く、元フォーク・クルセダーズ北山修の作詞。戦後生まれが新世代の旗手として台頭する中、
まだ幅を利かせていた戦中派への、軽やかなアンチテーゼと言える。北山修はこうした社会に一石投じる系の詞作が得意。
4. 17才 南沙織 デビューシングル
沖縄育ちの南国娘 アメリカンスクールで身に付けた開放感、爽やかな歌声で忽ち人気ものになった。
同時期デビューのアイドル歌手中、一番上手かった。当時の映像を見ると、どれもキラキラしている。不調な姿は見たことがない。プロ意識の表れ! ニックネームのシンシアは、クリスチャンネーム。
5. 私の城下町 小柳ルミ子
宝塚退団後、デビュー。姿よしスタイルバツグン、歌唱力よし。どこから見ても華ある人だった。
輝かしい高音は当時の若手ではトップクラスだった
6. ナオミの夢 ヘドバとダビデ すごい名前(笑)
確か、ヤマハ主催の世界歌謡祭グランプリ受賞でしたっけ? 案の定一発屋に終わりました。この時からヤマハは一発屋製造が得意でした。
ナオミとは、ヘブライ語で幸せを意味するそう。
7. 京都慕情 渚ゆう子
京都の恋と、よく間違う(笑)71年の紅白映像が放送されたが、(白黒!)舞妓さんスタイルだった。
作曲はあのベンチャーズ!でもピンと来ないなあ
8. 雨の御堂筋 欧陽菲菲 オーヤンフィフィ
これで地名を覚えた。おかげでおどうきん、と誤読せずに済んだ(笑)彼女は台湾、中国から日本進出を図ったはしり?
9. もう9曲目か。この時代は短い歌ばかり。2分台が多かったんだね。
よこはま・たそがれ 五木ひろし
中点が、ネオン街の恋バナを記号的にコラージュした感覚。始め違うタイトルだったらしいが、変えて良かった。作詞の山口洋子は実際にクラブ(スナック?区別付かない) のママをやっていた。
10. 雨のバラード 湯原昌幸 ソロに転向して第二作。
大ヒットしたのに何故か余り記憶にない。
75年頃デビューした荒木由美子と年の差結婚した。そっちの印象が強い。
11. ざんげの値打ちもない 北原ミレイ
デビュー曲。いきなり衝撃的な内容です。カットされた幻の四番が、披露された事があった。ヒロインの現在の様子が明らかになる仕掛けだったのだ。
さすが阿久悠さんだよ、、、 因みに後年リアレンジした別バージョンの方が、感情を押し殺した歌い方であり、好き。石狩挽歌に通じるミレイ節を味わえる。この時はまだ、平凡。
12.傷だらけの人生 鶴田浩二
古い奴だとお思いでしょうが、、、何から何まで真っ暗闇よ、、 セリフ入りの歌、随分あったよね。
バブル期には暗いダサいクサイと、散々嘲笑されたジャンル。
13. さらば涙と言おう 森田健作
言わずと知れた青春の巨匠。まさか千葉県知事を務めるとは思わなかった
1971年。若くて可愛くて、歌が上手い歌手たちが
アイドルというカテゴリーで、次々とデビューした。この年に放送開始したオーディション番組「スター誕生!」はその火付け役となった。記念すべき第一号は森昌子。
まずはレコ大受賞曲 もうお分かりですね
1.また逢う日まで 尾崎紀世彦
ダイナミックな歌唱力、溢れ出す声量。今もCM等でよく掛かるが全然古くならない。イントロの掴み力なんてザ・筒美京平じゃないですか
作詞は阿久悠、鉄壁の布陣が放った特大ヒット。
受賞が決まった時、笑顔でVサインした尾崎はさわやかだった。
2.花嫁 はしだのりひことクライマックス
フォーク・クルセダーズ解散後、シューベルツ「風」、そしてこれ。女性Vocalの伸びやかなアルトが非常に魅力的。駆け落ちを明るく前向きに歌い、デビュー曲にして大ヒット。紅白に初出場を果たした。
3. 戦争を知らない子供たち ジローズ
花嫁に続く、元フォーク・クルセダーズ北山修の作詞。戦後生まれが新世代の旗手として台頭する中、
まだ幅を利かせていた戦中派への、軽やかなアンチテーゼと言える。北山修はこうした社会に一石投じる系の詞作が得意。
4. 17才 南沙織 デビューシングル
沖縄育ちの南国娘 アメリカンスクールで身に付けた開放感、爽やかな歌声で忽ち人気ものになった。
同時期デビューのアイドル歌手中、一番上手かった。当時の映像を見ると、どれもキラキラしている。不調な姿は見たことがない。プロ意識の表れ! ニックネームのシンシアは、クリスチャンネーム。
5. 私の城下町 小柳ルミ子
宝塚退団後、デビュー。姿よしスタイルバツグン、歌唱力よし。どこから見ても華ある人だった。
輝かしい高音は当時の若手ではトップクラスだった
6. ナオミの夢 ヘドバとダビデ すごい名前(笑)
確か、ヤマハ主催の世界歌謡祭グランプリ受賞でしたっけ? 案の定一発屋に終わりました。この時からヤマハは一発屋製造が得意でした。
ナオミとは、ヘブライ語で幸せを意味するそう。
7. 京都慕情 渚ゆう子
京都の恋と、よく間違う(笑)71年の紅白映像が放送されたが、(白黒!)舞妓さんスタイルだった。
作曲はあのベンチャーズ!でもピンと来ないなあ
8. 雨の御堂筋 欧陽菲菲 オーヤンフィフィ
これで地名を覚えた。おかげでおどうきん、と誤読せずに済んだ(笑)彼女は台湾、中国から日本進出を図ったはしり?
9. もう9曲目か。この時代は短い歌ばかり。2分台が多かったんだね。
よこはま・たそがれ 五木ひろし
中点が、ネオン街の恋バナを記号的にコラージュした感覚。始め違うタイトルだったらしいが、変えて良かった。作詞の山口洋子は実際にクラブ(スナック?区別付かない) のママをやっていた。
10. 雨のバラード 湯原昌幸 ソロに転向して第二作。
大ヒットしたのに何故か余り記憶にない。
75年頃デビューした荒木由美子と年の差結婚した。そっちの印象が強い。
11. ざんげの値打ちもない 北原ミレイ
デビュー曲。いきなり衝撃的な内容です。カットされた幻の四番が、披露された事があった。ヒロインの現在の様子が明らかになる仕掛けだったのだ。
さすが阿久悠さんだよ、、、 因みに後年リアレンジした別バージョンの方が、感情を押し殺した歌い方であり、好き。石狩挽歌に通じるミレイ節を味わえる。この時はまだ、平凡。
12.傷だらけの人生 鶴田浩二
古い奴だとお思いでしょうが、、、何から何まで真っ暗闇よ、、 セリフ入りの歌、随分あったよね。
バブル期には暗いダサいクサイと、散々嘲笑されたジャンル。
13. さらば涙と言おう 森田健作
言わずと知れた青春の巨匠。まさか千葉県知事を務めるとは思わなかった