4月7日深夜便は、お客様は、神さまですの
名言で知られる ご存じ三波春夫で、ございます!
この名言、勘違いされてカスハラに都合よく使われている嫌いがあるけど、真意について娘さんが、ラジオでこう語っていた。「自分の歌を聞きに来てくださるお客様は、ありがたい存在だ。最上の歌芸を見せる為、神前に臨むのと同じ気持で舞台に上がっていた」自身の士気を鼓舞する言葉だったのですね。プロとしての厳しい姿勢がひしひし伝わります。
公演中、楽屋に貼っていた珠玉のメッセージが、至言! 思わず襟を正しました。それは最後に。
明朗快活、豊かな声量、伸び伸びした声は、いつ聴いても清々しい。気分が上がる。
一世一代の歌芸に、
たっぷり酔わせてもらいます!
船方さんよ チャンチキおけさのカップリング。翌年紅白に初出場。以来、29回連続。通算34回出場を果たした。納得であります(^o^)
雪の渡り鳥 カッパからげて 三度笠〜所謂股旅ものと呼ばれるアレね。出で立ちは木枯らし紋次郎、北風小僧の寒太郎、て言えばわかるかな 古すぎてわからない方、検索を
一本刀土俵入り せりふ入り。この手の歌はダサいだの揶揄されたりしたが、これほどの説得力をもって聴かせられては、ぐうの音も出やしません!
三波春夫さんは、長丁場の浪曲をよりコンパクトに楽しんで貰おうと、長編歌謡浪曲と言う独自のジャンルを切り拓いた。
今日は「元禄桜吹雪 決闘高田の馬場」
構成、作詞は北村桃児。筆名だそう。
洪水のような、歌にセリフの波状攻撃が凄い!映画一本見終わったような非日常のシャワーを浴びた気分。9分の熱演… いよっ、三波や!にっぽんいち〜 v(^o^)/
百年桜。明治100年の祝い歌。最早独壇場ですね~
皆様お手拍子を、、忽ち花柳糸之社中が、桜を背負って左右からスススと現れる 舞台が浮かんだ。
画面がぱあっと薄紅色〜〜
日本の高度経済成長期は、この曲と共にあった
東京五輪音頭 古賀政男作曲
世界の国からこんにちは こちらは中村八大作曲。
説明不要ね(^o^)
次は おまんた囃子。
75年、紅白で披露した 三波春夫の自作曲。
おまんたとは、上越弁で「あなたがた」の意味だそう。チャッカチャッカチャッカチャッカ、、、シャッフルだねこれ(^o^) 阿波踊りや、すずめ踊りもそう。ちょっとアレンジすればねぶた囃子になるし、盆踊りに結構使われてます。
東京のお方もソレソレソレソレ
北海道のお方もソレソレソレソレ
四国のお方もソレソレソレソレ
さて、さて、さてさてさてさて これは盛り上がるねっ q(^o^)v
生前最後のシングルとなった 富士山
作詞作曲は、千の風になってを書いた、新井満さん。同じ新潟県出身つながりから実現した。
ゆったりした、大らかな曲。
だが歌い方が苦しげだ… 己に厳しい三波さんだから、幕引きを決めたのであろう。
三波さんは、自分の道を極めんと、3つの座右の銘を掲げ、己を厳しく戒めていた。以下は楽屋の壁に貼っていたという。
一つは、健康への配慮。常に健康であれ。風邪に気を付けましょう。芸術集団で風邪を引くのは犯罪です。代役が立てられない仕事だからこそ、自分にも共演者にも厳しい健康管理を求めてきた。
二つ目は、舞台での心得。全てのお客さまの心を、同時に掴まなくてはならない。一階の真ん中にいようが3階の端に居ようとも、全てのお客さまに同じく声が届き、心を配らねば、胸を打つような舞台は生まれない。
三つめは、歌い方の心得。例え何万回と歌おうが、
歌を崩してはならない事が、肝要だ。傲慢であってはならない。常に謙虚であれ。
そういえば、声が出ない三波春夫さんを、見たことがない… それだけ全身全霊で、己を律して臨んでいたのですね。いやはや、非常に厳しいプロ精神の方だ…
冒頭の有名なせりふ、「お客さまは神さまです」も、
舞台を神前になぞらえた、三波さんの矜持が言わしめたのだ。
和服に笑顔で、朗々と歌った 三波春夫さん
2001.4.14前立腺がんで死去。77 歳だった。
最後は、チャンチキおけさ。なべ底不況と呼ばれた時代に庶民の心に沁みわたり、大ヒットした。
月が侘しい 路地裏の 屋台の酒のほろ苦さ
知らぬ同士が小皿叩いてチャンチキおけさ
おけさ切なや やるせなさ 一幅の絵を見ているようだ。侘しい光景なのにやるせなく聞こえない。みんなこれを歌いながら不況を乗り越えようと、励みにしたんだ。
いまこんなに高い表現力の持主はいない。
唯一無二の、カタルシスを存分に味わえた
大満足の1時間でした!
名言で知られる ご存じ三波春夫で、ございます!
この名言、勘違いされてカスハラに都合よく使われている嫌いがあるけど、真意について娘さんが、ラジオでこう語っていた。「自分の歌を聞きに来てくださるお客様は、ありがたい存在だ。最上の歌芸を見せる為、神前に臨むのと同じ気持で舞台に上がっていた」自身の士気を鼓舞する言葉だったのですね。プロとしての厳しい姿勢がひしひし伝わります。
公演中、楽屋に貼っていた珠玉のメッセージが、至言! 思わず襟を正しました。それは最後に。
明朗快活、豊かな声量、伸び伸びした声は、いつ聴いても清々しい。気分が上がる。
一世一代の歌芸に、
たっぷり酔わせてもらいます!
船方さんよ チャンチキおけさのカップリング。翌年紅白に初出場。以来、29回連続。通算34回出場を果たした。納得であります(^o^)
雪の渡り鳥 カッパからげて 三度笠〜所謂股旅ものと呼ばれるアレね。出で立ちは木枯らし紋次郎、北風小僧の寒太郎、て言えばわかるかな 古すぎてわからない方、検索を
一本刀土俵入り せりふ入り。この手の歌はダサいだの揶揄されたりしたが、これほどの説得力をもって聴かせられては、ぐうの音も出やしません!
三波春夫さんは、長丁場の浪曲をよりコンパクトに楽しんで貰おうと、長編歌謡浪曲と言う独自のジャンルを切り拓いた。
今日は「元禄桜吹雪 決闘高田の馬場」
構成、作詞は北村桃児。筆名だそう。
洪水のような、歌にセリフの波状攻撃が凄い!映画一本見終わったような非日常のシャワーを浴びた気分。9分の熱演… いよっ、三波や!にっぽんいち〜 v(^o^)/
百年桜。明治100年の祝い歌。最早独壇場ですね~
皆様お手拍子を、、忽ち花柳糸之社中が、桜を背負って左右からスススと現れる 舞台が浮かんだ。
画面がぱあっと薄紅色〜〜
日本の高度経済成長期は、この曲と共にあった
東京五輪音頭 古賀政男作曲
世界の国からこんにちは こちらは中村八大作曲。
説明不要ね(^o^)
次は おまんた囃子。
75年、紅白で披露した 三波春夫の自作曲。
おまんたとは、上越弁で「あなたがた」の意味だそう。チャッカチャッカチャッカチャッカ、、、シャッフルだねこれ(^o^) 阿波踊りや、すずめ踊りもそう。ちょっとアレンジすればねぶた囃子になるし、盆踊りに結構使われてます。
東京のお方もソレソレソレソレ
北海道のお方もソレソレソレソレ
四国のお方もソレソレソレソレ
さて、さて、さてさてさてさて これは盛り上がるねっ q(^o^)v
生前最後のシングルとなった 富士山
作詞作曲は、千の風になってを書いた、新井満さん。同じ新潟県出身つながりから実現した。
ゆったりした、大らかな曲。
だが歌い方が苦しげだ… 己に厳しい三波さんだから、幕引きを決めたのであろう。
三波さんは、自分の道を極めんと、3つの座右の銘を掲げ、己を厳しく戒めていた。以下は楽屋の壁に貼っていたという。
一つは、健康への配慮。常に健康であれ。風邪に気を付けましょう。芸術集団で風邪を引くのは犯罪です。代役が立てられない仕事だからこそ、自分にも共演者にも厳しい健康管理を求めてきた。
二つ目は、舞台での心得。全てのお客さまの心を、同時に掴まなくてはならない。一階の真ん中にいようが3階の端に居ようとも、全てのお客さまに同じく声が届き、心を配らねば、胸を打つような舞台は生まれない。
三つめは、歌い方の心得。例え何万回と歌おうが、
歌を崩してはならない事が、肝要だ。傲慢であってはならない。常に謙虚であれ。
そういえば、声が出ない三波春夫さんを、見たことがない… それだけ全身全霊で、己を律して臨んでいたのですね。いやはや、非常に厳しいプロ精神の方だ…
冒頭の有名なせりふ、「お客さまは神さまです」も、
舞台を神前になぞらえた、三波さんの矜持が言わしめたのだ。
和服に笑顔で、朗々と歌った 三波春夫さん
2001.4.14前立腺がんで死去。77 歳だった。
最後は、チャンチキおけさ。なべ底不況と呼ばれた時代に庶民の心に沁みわたり、大ヒットした。
月が侘しい 路地裏の 屋台の酒のほろ苦さ
知らぬ同士が小皿叩いてチャンチキおけさ
おけさ切なや やるせなさ 一幅の絵を見ているようだ。侘しい光景なのにやるせなく聞こえない。みんなこれを歌いながら不況を乗り越えようと、励みにしたんだ。
いまこんなに高い表現力の持主はいない。
唯一無二の、カタルシスを存分に味わえた
大満足の1時間でした!