今回は、私たちはもっと長いスパンで、物事に取り組もう、と言う事を書いてみます。

 

私たちが受けてきた教育は、答えがあるものの答えを、早く正確に出す事を求められる教育でした。

 

その人を評価するのに、学歴を重視し、この学歴は答えがあるものの答えを、どれだけ正確に早く出す事ができるかで、判断されます。

 

この環境では、より多くの知識を頭に詰め込む事が、私たちの目標になってゆきます。

 

この教育が日本では長く続いたため、高学歴の人は、多くの知識を持って、答えのある仕事、つまり手順が分かっている仕事を、テキパキとこなす能力には優れています。

 

例えば、公務員や企業の税務担当者等は、法律の枠内で仕事をするので、よい仕事をするのではないでしょうか。

 

しかし、日本も先進国になり、見本とするものが無くなってしまうと、どうすればよいか、迷ってしまったのが、バブルが弾けてからの20年だった様な気がします。

 

日本の教育が、壁を迎えているのだと思います。

 

私たちと違って、今の若い人の教育は、考えさせる教育をしているようですが、私たち年配者が、古い教育を受けていますので、若い社員が言う事を、どこまで上司が受け入れられるか、疑問です。

 

この教育の問題で分かる通り、私たちの物事の取り組み方は、教えて貰う、学ぶ等、知識を得る事が中心になって、問題を解決してきたと思います。

 

知識を得る事は、他の事、例えば技術を習得する事と比べると、手間のかからない、短時間で出来る事です。

 

手間のかからない事は、逆に言えば、誰でも出来てしまう、と言う事です。

 

気づいていない人も多いと思いますが、知識を得ただけで出来るものは、その人にとっては新鮮でも、簡単に真似が出来る、と言う事です。

 

これだけ情報化が進み、以前では考えられないほど、簡単に知識が入る時代になってきています。

 

知っているだけでは、今の企業に必要な差別化は、できないと言う事です。

 

同じ様に、得た知識から簡単に考えられるものも、差別化にはなりません。

 

得た知識から、他人が考え出せないものを考え出さなければ、差別化はできません。

 

それには、知識の積み重ねから新しいものを考え、新しい考えを基にしてスキルの積み重ねをしないと、差別化できるものは、生み出せない、と言う事です。

 

よく優良企業を見て頂ければ分かると思いますが、優良企業は長いスパンで、知識の積み重ね、スキルの積み重ねを行っていると思います。

 

この努力なくして、他社より優れた企業には、なれないのではないでしょうか。

 

同じ事を繰り返すルーチンワークから差別化を生みには、日本人が持つ匠の技的な、物事を長く追求し続けなければ、差別化は生み出せないと思います。