今回は、昨夜NHKで論争していたセクハラについて、私の考えを書いてみます。

 

今世界中で、セクハラの問題が報じられています。

 

私は、この原因が人間の本能にあると思っているので、これからも、この問題は無くならない、と思います。

 

生物が持つ、子孫を残したいと言う生物の本能と欲が、私たち人間の場合、セクハラに繋がるのではないか、と思います。

 

昔は男の能力の方が、生きて行く為には役に立ったので、社会を男が引っ張る事になりましたが、現在は、社会における役割に、男女差がなくなってきています。

 

人間を、表面的な外見で観ているから、例えば、女性と観ているから起きる事で、仕事仲間、一人の人間として観ていれば、対応も違ってくると思います。

 

これだけ地球上に人間が増えてきて男女の差がなくなってくると、セクハラは、行う人のわがままと捉えられるから、非難される訳です。

 

原因はともかく、セクハラは無くならないとの前提で、どう防御するか、起こさないようにするにはどうするかが、私たちに求められる事です。

 

この観点からいうと、先日書いた様に、私は、セクハラは、セクハラを行っている側が判断する問題ではなく、セクハラを受ける側が、セクハラと感じるか否かが重要な事と思います。

 

ただ、誰が観てもセクハラと取れるものは、やはりセクハラになると、思います。

 

と言う事は、セクハラを起こしそうな人に求められるのは、相手の気持ちを察してやる、組織の中では上下関係はあるが、人間としては平等なのだ、と思う事です。

 

セクハラは、行う側のわがままである事を、認識することです。

 

人間として平等なら、わがままは通らない、のが当たり前です。

 

セクハラを防ぐ方法として、話し合いが出来るといいと思います。

 

セクハラを受る側の人が、対象者にこういう事を言われると、行動されると、私はいやだから、セクハラと感じます、とセクハラを行いそうな人に、話をするのです。

 

こう書くと、それが出来ないから、黙って受けているのだ、と言われそうですが、相手にそれとなく言えない事も、セクハラを受ける側に、少しは反省が必要なのではないでしょうか。

 

セクハラを行っている人の殆どが、セクハラをしていると言う自覚がないので、無意識に行っていると思います。

 

相手に伝える努力も必要ではないか、と思います。

 

セクハラの問題は、一方的に考えても解決できないと思います。

 

お互いが努力して、セクハラを防ぐ、事が必要ではないでしょうか。