富田林地内町の古い町並みを歩いて来ました。 | はたいはるこのこんなところへいってきました

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興正寺を中心として築かれた富田林の地内町「じないまち」です。

寺内町と言うのは有力な寺院(御坊)の周辺に建設された町で町全体が寺の境内

と言う扱いになっている宗教自治都市です。京都興正寺の証秀上人がここを訪れ、

「荒芝地」を銭百貫目で購入、近隣四ケ村から有力者8人を集めて町づくりが行われました。

 

 

興正寺の「鐘楼」や「鼓楼」がそびえる風景が寺内町のシンボル的存在となっています。

 

 

 

格子状になった通りに沿って、多くの町家が建ち並びます。江戸時代に建てられた

土壁や堀割のある古民家がいくつも残っています。まるで異世界に来たような気分です。

 

明治時代の銀行を思わせる建物、眼科医院です。

 

 

寺内町の町中にあるさくら食堂にて「牛玉のお重箱」をいただきました。

 

寺内町は、江戸時代に幕府の直轄地となり、近くを流れる石川の水運、東高野街道、千早街道が

交差する陸運に恵まれて、商業の町として大いに発展し、特に酒造業が盛んで51職種

の店が軒を並べていました。文化の町としても発展をとげています。

杉山家は寺内町創設期からの旧家で「杉山長左衛門」を名乗り、富田林8人衆の一人として、

町の経営に関わってきました。代々造り酒屋を営んでいました。