2011.10.7
ウガンダ
NEWTOPIA孤児院
前回の日記と同じ日課だ。
昨日はノリ気でなかったボクは目を覚ます。
やっぱりテンションはあがらなかった。
今までに海外の孤児院などのボランティア施設に5つ行っている。オーストラリア人の建てた学校(カンボジア)、NGO MAKE THE CAMBODIA(カンボジア、正式名忘れ)、MOTHER BABY SCHOOL(インド、バナラシ)、MOTHER HOUSE(インド、コルカタ&バナラシ)。どこの施設でも自分から行動できていたのに、ここではまったくやる気がでなかったため自分でも不思議だった。体か心か調子が悪いのを感じる。「今の自分が嫌だ、自分を理解できていない。」
無理やりにでも自分で自分の気持ちを上げさせて、頑張ってみることにした。
[農業]
ウガンダ人の先生に着いて農場まで行った。すぐに先生は帰ってしまい何をするか何も分からないままそこにいた。どうやら監視の役目らしい。子供たちは鍬や鎌を持ち無駄な草木を取っていく。少し間違えたら、大怪我をしてしまう鎌を持って振り回している姿がヒヤヒヤとした。ルワンダの虐殺の映画を思い出させるような鎌で恐ろしかった。よくも、こんなものを扱わせているのか疑問だった。何にしろ、せっせと地を耕している子供たちは逞しかった。
[水汲み]
昨日は同行でだったが、今日は担当で水汲みを行った。十数名の子供たちがポリ容器を持ち徒歩5分程の井戸に水を汲みにいく。それの保護者のような役割で落ちないように見ていたり、順番などの指示だ。白濁色の水を井戸から取り容器に移し、孤児院に運ぶ。2回往復できる元気のある子供もいた。一方でなかなか行かないで遊んでいる子もいた。水道をひねれば水はでるものではないんだ。食事、洗濯、風呂、すべてを井戸から運ばなければならないとは大変な作業だ。幸いにも雨がよく降るので安心だ。
[レゴ]
子供のおもちゃのあのレゴだ。パズルもある。子供たちが自分たちで準備して自由に組み立ている。「アンクル(ボランティアをここではこう呼ぶ。女性はアント)、見て、花だよ!見て、家だよ!」という元気いっぱいの声が嬉しかった。遊びの授業の時間があって、子供らしさがあるのがこの施設でホッとする一因になった。
今日は3科目担当した。1日目よりは気持ち頑張れた気がする。いつもの自分にはかけ離れているのだろうけども。子供たちとの距離が縮まってよかった。ただ、「何かが分かってきた」と言うよりも、「慣れた」というだけだと思うけどまあよかった。
最後の自習の時間が今日は音楽の時間となった。10曲くらいの子供たちによるミュージカルだ。こんなにバリエーションがあって華やかな歌は初めてかもしれなかった。お返しの歌の番は、上を向いて歩こうを一緒に歌い、アブラハムは7人の子と何か1つでお礼をした。元気な姿がこの施設の良さを示してくれているはずだね。
ウガンダの庶民の食事よりも低いであろう食事にも体が適応していった。味のないマトケも普通に食べれるようになり今後食べることがないと考えると恋しくなってくるほどになっていた。習慣になればそんなに悪くないはずだ。
「あれ?」と思うことはたくさんあった。自分とは合わないというより慣れてないというものだったな。しっかりと物事を考えていきたい。ここで30年以上子供たちの面倒をみているカマウさん、これからこの施設を担っていこうと考えているタロウさんがすごいと思う。
個々の教育方針は昭和のガンコ親父のようである。罰として叩くことは当たり前で、食事抜きの場合もある。厳しい教育の裏には、未来を見据えたものがあるというと、的確な教育と思えた。今の日本では考えられないものだけど、ここはウガンダで不幸にも孤児として生きている子供たちだから、しっかりと社会で生きていって欲しいという願いを込めてのだろう。
だらけきった体と心とおさらばしたいよ。どこか、気持ちの高ぶる地へと。こんな気持ちでここNEWTOPIA孤児院に行ったのが申し訳なかったと反省。1日だけだったら後悔だけだったけど、もう1日頑張ってみてよかった。行ってよかったと思うのは間違いなく、ここ以外では体験できないもので、貴重な時間が過ごせた。スタッフのみなさんと子供たちに感謝です!ありがとうございました!