11月23日 の 秋分の日 の続きです
淡路島 ・・・ やっぱり最初は
『 洲本城 』 外せませんよね
三熊山の山頂部に築かれた山城。
賤ヶ岳の七本槍でも有名な 脇坂安治の
淡路支配の拠点城郭であったそうな。
山麓北側に居館部をつくり 山の斜面に
登石垣を設けて山上と山麓を一体化させていた。
山頂部の上の城にある本丸には天守が築かれたが
その実態は不明であるそうだ。
山麓の下の城には御殿が設けられ 淡路藩の
藩庁となった。
現在は往時をしのぶ石垣が残っています。
城郭は戦国時代の様式を よく表しており
保存状態も良く 国の指定史跡 兵庫県の
指定文化財に指定されてます。
。。。 馬屋曲輪の大手門跡を望む 。。。
道路により破壊を受け 枡形らしさが失われていますが
前面の巨大な鏡石(二つ)が目立ちます
脇坂安治在城のころと思われる城絵図には
この大手口はのってません。
そのため この大手門はいつごろ どういった目的で
作られたのかは はっきりとは分かってはいないのです。
ロードミラーに大手門の石垣が ・・・
今回一番の お気に入り
昔を映しだしてるって ロマンを感じませんか
。。。 馬屋郭 。。。
現在の馬は 車なのです
振りかえると ・・・
どこに ・・・ 続くのか
ま~ちゃんが 探索に行きました
「 上に何があるん 」 と叫ぶと ・・・
知らないオジサマが 「 天守閣 」 と返事をされた
そりゃそうでしょう
「 池がありましたか 」 と尋ねると ・・・
お連れの女性ふたりが 「 あったよ 」 と、
反対方向にも行きたかったけど
オジサマのススメもあって ・・・
とりあえず ・・・ 登ってみた
♀ 「 道分かるやろか 」
♂ 「 地図持っとったったから分かるやろ 」
♀ 「 あの地図どこで貰えるんやろ 」
オバサマ これは貰えません m(u_u)m
ワタクシはお城に行く時は 必ずHPと
分かりやすいブログを 印刷して行くのです
最近は 『 日本の城 』 をコピーしていきます
復元CGで “ ありし日の〇〇城 ” というのがあり
照らし合わせて 浪漫に浸るのでありまする
池が見えてきました ・・・
日月の池 (じつげつのいけ)
谷地の湧き水を 石垣を築いて池にしています。
近くには井戸もあります。
山城としての生命線であった水は ここから得ていたそうだ。
石碑を発見 。。。
何と書いてあるかは分からなかった
鳥居があったけど 工事中で入れませんでした
この奥に “ 武者溜 ” があるんでしょうか
。。。 鳥居の横の石垣です 。。。
崩れてて ・・・
で、 ここは何処
地図と照らし合わせたも 判明しない
“ 東の丸 ” なのか
こちらの方には誰一人として来てないのです
歩くたびにバッタが ・・・
東の丸なら 一番古い石垣なのだが ・・・
古い感じは しなかったよ~ォ (?_?)
。。。 この石垣の端です 。。。
むこうの大きな石が 落ちそうで ・・・
上に何かがある
それが 東の丸
なら ここは武者溜
工事の奥が ・・・ 気にかかる
端まで行くと 海が見えました
景色が良いから ・・・ どこでもイイや
突き当たったので すこし戻ります
メインどころの 。。。 本丸への大石段 。。。
幅が約6.5メートルあり 高く強固に造られた
本丸南側の大石段は 洲本城の威風を感じます。
この石段を上がると 本丸南の虎口から本丸に通じます
「虎口」 を 「じゃこう」 と 言うワタクシ
「じゃこう」と言う度に ま~ちゃんが「こぐち」と言う。
最初は なにを言ってるのだろう ・・・ と
ハタっと ハタ坊は気付くのでありまする
ひとつ お利口になりましたとさ
。。。 本丸南の虎口 。。。
大石段から本丸への 敵の直進を阻むため
L字形に屈曲した 内枡形を構成する枡形虎口である。
大きな柱を受けた石が2個残っており ここはかつて
頑丈な門が作られていたのであろうことを伺わせます。
武者走り台って この上を武者が走るのか
。。。 武者走り台の天守側 。。。
で、反対側 ・・・ ここから降りるのか
って 忍者が走ってるのを想像してた
。。。 本丸 。。。
城の中心部で 北側には天守台がある。
本丸の周囲は 多門櫓で囲われ
天守の下には 貯水池があったと推定される。
南東隅には芝右衛門狸(芝居見物に夢中に
なったために、犬に見つかり殺されてしまった
狸の伝説)が祀られている。
≪ そうだったんだ
なぜ狸が居るのかと・・・ ≫
本丸北側の天守台は 天守と小天守の間を
渡櫓で結んだ連結式天守で 小天守は台所櫓
と考えられる。
現在は天守台の上に 模擬天守が建つ。
。。。 模擬天守 。。。
1928年(昭和3)に御大典(昭和天皇の即位式)を
記念して 市民の寄付により建てられた。
鉄筋コンクリート製で 復元天守ではないが
模擬天守としては 日本最古のものである。
現在は老朽化のため登れないが 80年以上の
歴史をもつ洲本のシンボルで 夜はライトアップされる。
≪ え~ぇ
登れないの~と思ってしまった ≫。。。 天守台からの眺め 。。。
洲本八景のひとつ 。。。 です
天守台は洲本城で最も眺めの よい場所で
大阪湾から紀伊海峡 洲本市街を一望でき
洲本港の船が手に取るように見えます。
洲本城が水軍の城であったことが
実感できる眺めであります。
“ 淡路水軍 脇坂安治
大名じゃないよ 平野長泰
あと 糟屋武則 と 片桐且元~ォ ”
・・・ ですよね
春に また訪れたいものです
。。。 天守閣 と 高石垣 。。。
みごとです
大好きです 。。。 本丸 北の虎口 。。。
本丸南の虎口同様 堅固な柱を
支えていたであろう 碇石が
相対するように 残されています。
城の北側からの敵の侵入を防ぐために
設けられた虎口。
虎口西面の石垣の中に大きく平らな“鏡石”がある。
。。。 鏡石 。。。
邪悪なものの侵入を避ける 霊力があるとされる。
敵兵を威圧して 本丸を守るための石でもあります。
三熊山 北西斜面の要塞が天守を守る。
搦手口とは城の裏門だが 脇坂安治在城
初期には 山麓から登城道が通じており
かつては ここが正門 ・・・ つまり大手門
であったと 考えられる。
この先には “ 西の丸 ” があり ・・・
途中には “ 残念石 ” があるそうな。
見たかった “ 登り石垣 ” にも行けるはずなのだが
距離的には 近そうだったが すぐに急な下り坂に ・・・
ということは、帰りは急な登りだよな
で ・・・ 引き返して来ましたとさ
。。。 本丸台 南面の石垣 。。。
関ヶ原の戦いの後の増改築らしいです。
大石段まで 帰って来ました
素敵な木に 気付きました
文禄から慶長の初期の石垣。
南東隅角部に はっきりとした二重の稜線となって
増築した痕跡が見られます。
南の丸隅角上の櫓台を拡張し 本丸の防備を
強化するための改造であったと考えられるそうです。
大手門へと 下っていきます
ここ洲本城は 石垣の城です
石垣って ・・・ 浪漫ですよね
海の傍から 山があり ・・・ 山全体がお城です
色んな石垣に 囲まれて たぶん色んなところから
歩いて登れるんでしょう
え~ぇ
お城って色んなところから入れたら ダメじゃん
そんな事は さておき ・・・
トンビが 下を飛んでたり
とにかく 良い風が吹いているんです
まだまだ 淡路の旅は続くのであります