易にも感情がある、ということ
これは以前にも同じようなことを書きましたが、易でもタロットでも、同じ質問を繰り返すと、いわゆる「へそを曲げる」ことがよくあります。
易の師匠にも、タロットの師匠にも同じようなことを言われたのですが、
「同じことを繰り返し質問すると適当な答えが出る」
ということです。
私も実際、何度か経験しています。
ある時、ある質問を易にして、その時は納得した、つもりだったのですが、翌日になって疑心暗鬼になって、再び易に同じ質問をしたことがあります。
すると・・・
「お前は本当に馬鹿だね」
とか
「好い加減にしろよ」
といった答えを返されることがありました。
クライアントさんからしつこく同じ内容の質問をされされると
「あんたが望んでいる答えはこれだろ」
と、そのクライアントさんの要望通りの答えを出されたりします。
易の師匠は「易がへそを曲げる」という言い方をされていました。
そして、つい先日、ある生徒さんからの質問で、「易がへそを曲げる」のを見たのです。
その生徒さんはご自分でお仕事をされている、いわば個人事業主なのですが、それだけに様々な仕事を自分でこなさなければこなさなければなりません。
そんな時にも易は役立っているようですが、ある時こんな質問をしたのだそうです。
次回出す広告はどのような形の印刷が良いだろうということで、
「A5片面が良いか、A4片面が良いか、A5両面か、A4両面か」という設問で、それぞれ易を出して、最終的に「方針」という占的で決めようと思ったら・・・
どうもA4両面が良さそうだけど、方針が読めない。
仕方ない。もう一度聞き直してみよう。
ということで、改めて「A5片面、A4片面、A5両面、A4両面・・・」と易を出してみたら、
一度目のA4両面が
離為火 六二
という、とてもキラキラした易だったのが、二回目では
兌為沢 九二
という、一見良さげに見えるけども、実はあまり嬉しく無い易だった。
と、この時点で質問されました。
羽田先生だったら、どう判断されますか?
一度目の
離為火 六二 と
二度目の
兌為沢 九二 とを見た時に思ったのは、「易がへそを曲げたな」ということです。
離為火 六二 という、真昼の太陽のようなキラキラした易が出たのだから、これを素直に考えれば良いのに、方針の易に振り回されて二回目を出してしまったので、易がへそを曲げたのでしょう。
何がどう作用して、この易(またはタロットなど)の答えが出てくるのかは分かりませんが、こういったことを経験してみると、易の神様(と仮定して)にもちゃんと感情があるのだな、と思わざるをえませんね。
でも、へそを曲げるほどに易の神様と交流が出来る程度の腕になった、ということの裏返しとも言えるのではないかと、その生徒さんには伝えておきましょう。
人間でも、赤ちゃんや幼稚園児にはへそを曲げたり、怒ったりしませんからね。