ある日の日筮 | 開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ

ある日の日筮

天雷旡妄上九

旡妄にして行けば、眚あり。利するところなし。

象に曰く

旡妄の行くは、窮の災あるなり。

 

我々、横井教室で周易を学んだ者は師匠から、毎日必ず日筮を立てるようにと口を酸っぱく言われました。

日筮というのは、その日の運勢を見るのですが、たいていはその日の印象的な出来事を暗示することが多いです。

 

ただ、毎日の日筮が全て腑に落ちるわけでもなく、何を言ってるんだろうと思う事もあります。が、とんでもなく納得出来ることも度々あるのも確かです。

 

そんな、納得できることがここのところいろいろあったので、備忘録的に記事にしようと思いました。

 

過日、ずっと気になっていた宅配便の不在伝票に問い合わせの電話をかけてみました。

この荷物は娘が通販で購入したものらしいのですが、宛先に名字しか書いておらず、家族の誰が注文したものなのか分からずに、ほったらかしにしていました。

宅配業者の方からは、配送に行った日からもう二週間近く経ってしまったので長期不在ということで出品業者様へ返送してしまいました、とのこと。

 

この日の日筮は

天雷旡妄 上九

でした。

 

これを見て納得してしまいました。

天雷旡妄という卦は妄りで無い。作為が無い。成り行き任せで全てうまくいく、という意味ですが、爻という、6種類のポジションによっては成り行き任せでは禍がふりかかる場合もあります。

 

この日の日筮、天雷旡妄上九はまさに成り行き任せで禍がふりかかるポジション。

易経には「旡妄にして行けば、眚あり。利するところなし」という言葉が書かれています。

 

早く手を打たなかった結果が現れたわけです。

 

ただ、若輩者の私には、先にも書いた通り、日筮が読めないこともあります。

まだまだ精進が足りないですね。