天中殺の時って、とかくこんなことになりやすい | 開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ

天中殺の時って、とかくこんなことになりやすい

先日の周易と算命学のグループレッスンでのことです。

 

ある生徒さんがいろいろと易を立ててきてくれたのですが、今一つどう解釈して良いか分からないので、と立ててきた易を見せてくれました。

 

いろいろとあったのですが、それを全部書くわけにもいかないので、算命学とからめて判断したものを書いてみようと思います。

 

 

これはその生徒さんのお嬢さんのことなのですが、現在27歳のOLさんだったのですが、今月の初め頃に会社を辞めてしまったそうです。

 

何かやりたい、何かやらなくちゃ、と焦ってしまい、このままこの会社に居てもしょうがないと、半ば衝動的に辞職したそうです。

 

で、何をやるかといったら、ヨガの教室でもやるしかない、というか、ヨガ以外には何も出来ないし。

 

ということで、お母さん(つまり、私の生徒さん)と一緒に教室でも開こうかどうしようか、ということで易を立ててらっしゃいました。

 

彼女(生徒さん)が立ててきた易は、占的が

 

子供と一緒に教室始めて良いように、で出た易は、

風沢中孚 九五

 

 

または一人で始めることも考えられたようで、

 

一人で教室始めて良いように、で出た易が

火沢睽 九二

 

不慮

天地否 六二

 

方針

山雷頤 六四

 

 

でした。

 

風沢中孚は親子で顔を見合わせている卦なので悪くは無いのですが、六二ならば文句無く始めたら良いと判断できますが、六五だと、諸手を挙げて賛成、というわけにはいきません。

 

で、一人で始めるが「火沢睽九二」。易には「主に巷に遇う」という言葉があるように、すぐに結果は出ないけれど、いろいろと努力していればなんとかなる、という意味。

 

でも不慮運が「天地否六二」となると、すぐには目処は立たないでしょう。

 

しかし方針が「山雷頤六四」ですので、「虎視眈々とチャンスを狙っていろ」と易は言うのでしょう。

 

おそらく数年の間には彼女が自分の教室を開く日が来るのではないかと思います。

 

 

そして、お嬢さんのヨガ教室について、その場で易を立ててもらいました。

 

占的は、「1ヨガ教室を開く当面の運勢」、「2教室運」、「3不慮」、「4方針」です。

 

この「当面の運勢」という占的は、我が師匠、横井伯典が考えたものですが、使い勝手が良いので、私もよく使います。

 

出た易は、

1 山雷頤 初九

2 天水訟 九二

3 坤為地 六五

4 雷山小過 上六

 

でした。

 

1の「山雷頤初九」が出た時点で心の中で「あ〜ぁ、出ちゃったよ」と思ったのですが、2の天水訟でとどめの一撃。4の方針、雷山小過上六に至っては易にコテンパンにされたような気がします。

 

山雷頤の頤とは「あご」のこと。初九は下顎が外れたようなもの。自分の良さに気づかずに他人を羨ましそうに口をぽかんと開けて見て涎を垂らしている、情けないねお前は、と易が言います。

 

2の天水訟は、平行線。自分がいくらヨガ教室をやりたいと言っても、これじゃ生徒さん集まらないよ。

 

4の雷山小過は、飛ぶ鳥が網にかかって一巻の終わり。天災と人災が同時にやってくるようなもんだ、と。

 

かなりキツ〜い易ばかりが並びましたが、一つだけ光明を見出すとすれば、不慮運の「坤為地六五」です。

 

六五は君主の位。でも易経の中の言葉には「黄裳」と書いてあります。黄色は中国では王様の色。だけどこれは下着。だから目立たないのです。

 

ましてや坤為地は「牝馬の貞に利あり」と、自分から積極的な行動をすることを戒めています。

 

だから、お前はそれだけの実力はあるんだろうけれど、今はそれを自分から積極的に見せることは出来ない。時期を待て、と解釈しました。

 

と、ここまでの話をした後、お嬢さんの生年月日を聞いて命式を出してみると、申酉天中殺。

 

今年は丙申年で、このお嬢さんにとっては天中殺期。ましてや彼女が辞職したのは丙申月。

 

年月と天中殺の時に会社を辞めてしまったわけです。

 

それもまだ何もはっきりした目的も無いまま、焦ってしまっての行動。

 

これもまた、天中殺期にありがちなこと。

 

算命学では何かを始める時のタイミングを重視します。

 

仕事、勉強、または人とのお付き合いなど、新しいことを始めようとする場合はタイミングを良く見たいものです。