不思議な経験
私のように世間一般的な常識からみれば怪しいことを生業にしているせいなのか、鑑定の際には勘が働くこともよくあります。
易なり干支なりが暗示するものの中から、目の前のクライアントさんの問題に添った答えを見つけ出すには、多少、勘が働くこともあります。
また、算命学でいう「異常干支」を宿命に持っているせいか、よく「あなた、見えるでしょ」などと言われることがあるのですが、はっきりと目に見えた記憶はありません。
が、神社好きのせいか、いわゆる不思議な体験は幾つかしました。
たとえば、子供の頃、我が家には風呂が無くて、毎日銭湯に通っていたのですが、自宅から銭湯までの道の途中に、とても恐い場所があって、いつもそこの前だけは走って駆け抜けていました。
いつも銭湯に行くのは夜、暗くなってからだったので、あるとき、昼間の明るい時なら恐くないだろうと思って、その恐い場所を見に行ってみたら、そこには稲荷神社の社がありました。
とはいえ、道に面しているのではなく、あるお宅が屋敷神として祀っているものだったので、塀に遮られていました。
しかし、子供の私にはとても恐く感じられました。
また、これは成人してからのことですが、師匠(易の師匠ではありません)に連れられて、ある近畿地方の神社を参拝したいた時のこと、拝殿の前で手を合わせた途端、身体中がしびれたような、気が激しく振動したような状態になったことがありました。
後にも先にもこのような体験は、この神社だけです。
しかし、地元のお氷川様や大好きな幾つかの神社に足を運ぶ際はまるでアイドルオタクが大好きなアイドルに会いにいくような気分です(違うかな?)。
そして、比較的最近のことです。
私達夫婦の仲人をしてくださった方が、定年後、自宅をレストランに改装して自らレストランを始められたのですが、けっこう大きめのギャラリーも併設されていました。
そこで、ある若いギタリスト二人の演奏会がありました。
特に有名なわけでもなく、半分趣味でギターを弾いているような二人だったのですが、これが予想以上で、目を見張ってしまいました。
数曲演奏した後の休憩の際、ふと二人の後ろに何かが降りてきた、ような気がしたのです。
目では見えていないのですが、大きなマスクのようなもので顔を覆っており、肩から裾まである大きなマントのようなものを羽織っている、ように感じました。
え、何これ? と思った瞬間、頭に「チベット」という言葉が響きました。
チベット? なんでここにチベットの神様(?)がいらっしゃるんだろう?
と思った瞬間、次の曲が始まりました。
と、そこでギタリストの一人が、「これから演奏するのは、チベットのマントラに曲をつけたものです」と言うのです。
ああなるほど、って納得してんじゃないよ、自分!
チベットの宗教についてはな~んにも知識が無いので、その降りてこられた方(って言っていいのか?)が誰なのかも全く分かりません。
まあ、世の中にはまだまだサイエンスだけでは解明できないことも多いのですね。
柳田国男の『遠野物語』を読むと、江戸末期~明治頃にあった話だけでもけっこうな怪異話が採録されていて、時代は変わっても、実は人はこの手の怪しい存在のすぐ側で暮らしているのではないかと思います。
そういえば、泉鏡花は『遠野物語』がいたくお気に入りだったようで「再読三読、なお飽くことを知らず」と書いていたようで、お化け好きの鏡花らしいですね。
易なり干支なりが暗示するものの中から、目の前のクライアントさんの問題に添った答えを見つけ出すには、多少、勘が働くこともあります。
また、算命学でいう「異常干支」を宿命に持っているせいか、よく「あなた、見えるでしょ」などと言われることがあるのですが、はっきりと目に見えた記憶はありません。
が、神社好きのせいか、いわゆる不思議な体験は幾つかしました。
たとえば、子供の頃、我が家には風呂が無くて、毎日銭湯に通っていたのですが、自宅から銭湯までの道の途中に、とても恐い場所があって、いつもそこの前だけは走って駆け抜けていました。
いつも銭湯に行くのは夜、暗くなってからだったので、あるとき、昼間の明るい時なら恐くないだろうと思って、その恐い場所を見に行ってみたら、そこには稲荷神社の社がありました。
とはいえ、道に面しているのではなく、あるお宅が屋敷神として祀っているものだったので、塀に遮られていました。
しかし、子供の私にはとても恐く感じられました。
また、これは成人してからのことですが、師匠(易の師匠ではありません)に連れられて、ある近畿地方の神社を参拝したいた時のこと、拝殿の前で手を合わせた途端、身体中がしびれたような、気が激しく振動したような状態になったことがありました。
後にも先にもこのような体験は、この神社だけです。
しかし、地元のお氷川様や大好きな幾つかの神社に足を運ぶ際はまるでアイドルオタクが大好きなアイドルに会いにいくような気分です(違うかな?)。
そして、比較的最近のことです。
私達夫婦の仲人をしてくださった方が、定年後、自宅をレストランに改装して自らレストランを始められたのですが、けっこう大きめのギャラリーも併設されていました。
そこで、ある若いギタリスト二人の演奏会がありました。
特に有名なわけでもなく、半分趣味でギターを弾いているような二人だったのですが、これが予想以上で、目を見張ってしまいました。
数曲演奏した後の休憩の際、ふと二人の後ろに何かが降りてきた、ような気がしたのです。
目では見えていないのですが、大きなマスクのようなもので顔を覆っており、肩から裾まである大きなマントのようなものを羽織っている、ように感じました。
え、何これ? と思った瞬間、頭に「チベット」という言葉が響きました。
チベット? なんでここにチベットの神様(?)がいらっしゃるんだろう?
と思った瞬間、次の曲が始まりました。
と、そこでギタリストの一人が、「これから演奏するのは、チベットのマントラに曲をつけたものです」と言うのです。
ああなるほど、って納得してんじゃないよ、自分!
チベットの宗教についてはな~んにも知識が無いので、その降りてこられた方(って言っていいのか?)が誰なのかも全く分かりません。
まあ、世の中にはまだまだサイエンスだけでは解明できないことも多いのですね。
柳田国男の『遠野物語』を読むと、江戸末期~明治頃にあった話だけでもけっこうな怪異話が採録されていて、時代は変わっても、実は人はこの手の怪しい存在のすぐ側で暮らしているのではないかと思います。
そういえば、泉鏡花は『遠野物語』がいたくお気に入りだったようで「再読三読、なお飽くことを知らず」と書いていたようで、お化け好きの鏡花らしいですね。