親の情 | 開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ

親の情

一般的に、親は子供が可愛いものですし、出来ることなら良い暮らしが将来出来るようになって欲しいと思うことでしょう。

 

が、子供によってはそれが却って自分の運気を妨げてしまうこともあります。

 

先日、ご相談に見えられた方の心配の種は次男さん。

 

一度は医系の大学に入学して医者を目指したもののドロップアウト。

 

大学を中退した後、また医系の学校を目指して予備校に通うも成績は今ひとつ。

 

もう25歳になったし、これから先どうしたら良いでしょう?

 

というご相談。

 

あらかじめ、ご家族の生年月日は知らされていたので算命の命式はプリントアウトしておきました。

 

で、このお父さんと次男さんの命式を並べて見てみると・・・

 

お父さん        次男

癸 己 戊       戊 癸 庚

巳 未 戌       寅 未 午


あ~、このお父さん、この次男さんのことが気になって気になって仕方ないんだろうな~

 

と予想。二人の年月日の干支がけっこう絡まりが多いのに加えて、ある要素が大きく関わっていました。

 

これは私の算命学の生徒さんならすぐにご理解いただけると思いますので、後でご自分で命式を出して考察してみて下さい。

 

すぐに納得していただけます。

 

閑話休題

 

この親子、並々ならぬ絡みがありながら、次男さんにとっては親の援助はかえって悪影響を与えてしまいかねません。

 

これは次男さんの命式で日干は戊。そして十二支には夏の、つまり火の十二支だらけ。

 

これじゃあ、いつ爆発してもおかしくない火山のようなもの。

 

幸い、月干に癸、年干に庚があるので、多少は爆発を抑えていますが、癸は戊に干合されていることもあり、蒸発しているようなもの。

 

そして、五行の関係から見れば、この次男さんにとっては親は火。

 

つまり親が援助すればするほど爆発に近づきます。

 

幸か不幸か、この次男さんは天将星(四柱推命では帝旺)をお持ちなので、援助が無いほど自分の実力を発揮します。

 

というか、いつまでも親元でくすぶっていると星が輝きません。

 

そこで、「お父さんがこの次男さんのことが気になって仕方ないのはよ~く分かります。でもね・・・この子、親の援助が無い方が自分の力を発揮しますよ。」

 

「お前が家に居て良いのは寝に帰ってくる時だけ。自分の予備校のお金、食い扶持は自分でアルバイトでもして稼いで来い。」くらいのことは言っても良いんじゃないですか?

 

というお話をさせていただきました。

 

するとお母さんが(ご両親でご相談にいらっしゃいました)、「そうなんですよ! 私も本当にそう思うんです。でも、この人(ご主人)が××(次男の名前)がかわいそうで、と言うんです。私はもっと突き放した方が良いと思うんですが・・・」

 

じゃあ、ということで、この次男さんを突き放してどうか? ということを易に聞いてきました。

 

すると、天雷旡妄六二。

 

あら~、これはまたなんとも妙なるかな。

 

天雷旡妄の六二とは、「耕していない畑が豊作になる。開墾していないのに土地が肥える」という意味の言葉が書いてあります。

 

よく生徒さん達には、この天雷旡妄の六二を『待ちぼうけ』のいう童謡を引き合いに出して説明します。

 

自分は何もしていないのに、思いがけない収穫がある、という意味です。

 

そこでお父さんにこの易の説明をしたところ、「う~ん・・・」と唸ったまま。

 

私としてはこれで決まりだろう、と思いました。これで納得してもらえるだろうと。

 

 

が、この後、このお父さんから出てきた言葉は、「××(次男の名前)がいじらしい」

 

これぞ親の情というものでしょうか。

 

私はついつい理詰めで説明してしまいがちですが、理屈では分かっていてもどうしても思い切れないこともあります。

 

そこで、とどめの一撃。これは私の師匠がよく言っていたことです。

 

「これは私の師匠が良く言われていたことですが、『おれぁ、絶世の美女が一糸まとわずに俺に言い寄ってきても、易にダメと言われたら、指一本出さねぇぜ』だそうです。」

 

「で、さらに『おれぁな、易がダメと言ったことに手を出して地獄を見た客を大勢見てきたからな。だから易の恐さが骨身に沁みているんだ』とのことです。」

 

ここまで聞くと、さすがのこのお父さんもがっくりと頭を垂れて、「分かりました。そこまで言われたら私も覚悟を決めました。××(次男)のためですから。」

 

ということで、次男さんの話は終わり、今度はこのお父さんの仕事のこと、投資(FXがやりたいそうです)に話が移りました。

 

それについては割愛させていただきますが、親の情について改めて思い知らされたお客さんでした。