師匠の分占法と筮前の審事
最近、改めて私の周易の師匠、横井伯典が残した著作を読み直しているのですが、易の内容とともに易者に求められる姿勢について、はっとさせられることがあります。
師匠は生前、口を酸っぱくして言っておられたのは「易は占的が全て」ということでした。
「おめぇ、那須与一だって的が決まらなきゃ、矢は射てねぇぜ」
とは師匠のお言葉。
自分で易を立てる時、またはクライアントさんからのご依頼で易を立てる時に、最も悩むのは、この「占的(せんてき)」をどうするか、ということ。
占的とは、何を易に問うか、ということ。クライアントさんの問題をどのように理解して、どのように易に問い答えを引き出すか、ということ。
ここを間違うと、ボタンのかけ違いのようになってしまいます。
これは私の生徒さんにもいつも言うことですが、まさに師匠のおっしゃる通り、「易は占的が全て」ということが、最近、しみじみと感じています。
クライアントさんのお話から、どのように占的を組み立てるか。これが最も大切だと、最近しみじみと感じます。
師匠の占的は、大雑把に言ってしまうと「Yes No 方針」と、一つの問いを3つに分けます。
例えば、どこかへ行きたい、という場合、まずは「行って良い=Yes」なのか、「行かないのが良い=No」なのか、「どっち?=方針」といった組み立て方です。
行って良い、つまりYesであれば、この易に納得できるような卦爻を得るだろうし、行かないのが良い、つまりNoであれば、この易に納得できるような卦爻を得る。
そして最終的な裁判官の役目が、3つめの「方針」となります。
でも、必ずしも3つとも理解できる必要はありません。
「3つありゃぁ、どれか分かるだろ。そしたらなんとかなるじゃぁねぇか」ということ。
周易を使われる方は、よろしければこの方法も試してみられたらいかがでしょうか。
そしてもう一つ、師匠がくどいくらいに言われていたのが「筮前の審事」。お医者さんが患者さんの状態を把握するのに、幾つかの質問をされるように、易者もクライアントさんのことを詳しく聞いておかなければ、正確な判断は出来ません。
お医者さんにとっての「問診」が易者にとっては「筮前の審事」です。
「黙って座ればピタリと当たる」というのが理想かもしれませんが、易者だって神様じゃあるまいし、リピーターさんならともかく、初めてのクライアントさんだったら、ある程度の情報をいただかないと、正確な判断は出来ません。
師匠はこれをしつこいくらいされたそうです。「じゃなきゃ、初めてのお客さんのことなんざ分からねぇよ」と言われていました。
師匠に入門してすぐの頃だったでしょうか。
あまりにも師匠の判断が鮮やかなので、思わず「なんでそんなに凄い判断が出来るのですか?」と質問したことがありましたが、師匠のお答えは、
「お前ねぇ、俺は50年以上、これでメシ食ってるんだぜ」
そりゃぁ、そうです! 未だに師匠の足下にも及びませんが、師匠が実占の中から掴みとってきた易の神髄をいくらかでも身につけられるように、これからも精進したいと思います。
師匠は生前、口を酸っぱくして言っておられたのは「易は占的が全て」ということでした。
「おめぇ、那須与一だって的が決まらなきゃ、矢は射てねぇぜ」
とは師匠のお言葉。
自分で易を立てる時、またはクライアントさんからのご依頼で易を立てる時に、最も悩むのは、この「占的(せんてき)」をどうするか、ということ。
占的とは、何を易に問うか、ということ。クライアントさんの問題をどのように理解して、どのように易に問い答えを引き出すか、ということ。
ここを間違うと、ボタンのかけ違いのようになってしまいます。
これは私の生徒さんにもいつも言うことですが、まさに師匠のおっしゃる通り、「易は占的が全て」ということが、最近、しみじみと感じています。
クライアントさんのお話から、どのように占的を組み立てるか。これが最も大切だと、最近しみじみと感じます。
師匠の占的は、大雑把に言ってしまうと「Yes No 方針」と、一つの問いを3つに分けます。
例えば、どこかへ行きたい、という場合、まずは「行って良い=Yes」なのか、「行かないのが良い=No」なのか、「どっち?=方針」といった組み立て方です。
行って良い、つまりYesであれば、この易に納得できるような卦爻を得るだろうし、行かないのが良い、つまりNoであれば、この易に納得できるような卦爻を得る。
そして最終的な裁判官の役目が、3つめの「方針」となります。
でも、必ずしも3つとも理解できる必要はありません。
「3つありゃぁ、どれか分かるだろ。そしたらなんとかなるじゃぁねぇか」ということ。
周易を使われる方は、よろしければこの方法も試してみられたらいかがでしょうか。
そしてもう一つ、師匠がくどいくらいに言われていたのが「筮前の審事」。お医者さんが患者さんの状態を把握するのに、幾つかの質問をされるように、易者もクライアントさんのことを詳しく聞いておかなければ、正確な判断は出来ません。
お医者さんにとっての「問診」が易者にとっては「筮前の審事」です。
「黙って座ればピタリと当たる」というのが理想かもしれませんが、易者だって神様じゃあるまいし、リピーターさんならともかく、初めてのクライアントさんだったら、ある程度の情報をいただかないと、正確な判断は出来ません。
師匠はこれをしつこいくらいされたそうです。「じゃなきゃ、初めてのお客さんのことなんざ分からねぇよ」と言われていました。
師匠に入門してすぐの頃だったでしょうか。
あまりにも師匠の判断が鮮やかなので、思わず「なんでそんなに凄い判断が出来るのですか?」と質問したことがありましたが、師匠のお答えは、
「お前ねぇ、俺は50年以上、これでメシ食ってるんだぜ」
そりゃぁ、そうです! 未だに師匠の足下にも及びませんが、師匠が実占の中から掴みとってきた易の神髄をいくらかでも身につけられるように、これからも精進したいと思います。