噫無情(ああむじょう) | 開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ

噫無情(ああむじょう)

タイトルは、あのフランスの大作家ヴィクトル・ユゴーの、あの名作からパクリました。

以前にも、同じようなことでブログを書いた記憶があるのですが、ちょうど今、易をたてて、う~ん、と唸ってしまうようなことがあったので、備忘録の如く、記事に書いておこうと思ったしだいです。


多くの皆さんは、メルマやマグマグなどでメルマガの配信を受けてらっしゃることと思います。

その中にはとても人気のあるメルマガもあり、私自身も毎回楽しみに読んでいるものもあります。

今回は、そんなメルマガの中の一つで、あるセミナーのお誘いがありました。


以前のブログにも書きましたが、今時、そうやすやすと、この手のお誘いに乗る方も少ないのではないかと思うのですが、このメルマガの文章が実に上手くて、つい申し込もうかと思ってしまったのです。


セミナーに参加するとなれば、費用も時間も必要で、いろいろとやりくりが面倒なので、最近は、よほど興味のあるテーマのセミナーでないと参加しないのですが、このセミナーの告知文を読んでいると、つい、ふらふらと申込ボタンをポチッとしてしまいそうになりました。


が、ふとここで冷静になって、そうだ、易神様に聞かなくちゃ、とばかりに、易を立ててみましたところ、得卦は・・・

雷山小過 九四

でした。


この雷山小過 九四の卦辞は
「咎なし」とあります。

ん、じゃあ、ポチッとしてもエエんかい? と、ここで一瞬思うのですが、ここでポチッとしたらあきまへん。

この後に
「往けばあやうし、必ず戒めよ。永貞に用うるなかれ」とあります。


あちゃ~・・・こら、あかんがな!


って、私、関西人ではありませんが、こういう心情を表すのに、関西弁って、とても良いと思いませんか?

関東の言葉と違って当りが柔らかいので、こういった否定的な内容を書くのには関西弁は便利な気がします。


閑話休題

では、最初の「咎なし」って、なに?(同じ言葉でも、東と西ではイントネーションが違いますかね?)

と思うかもしれませんが、ここらが易の面倒なところなんでしょうね。

生徒さんからも、こういったことに関して、よく質問をいただきます。


これはつまり、
「往けばあやうし、必ず戒めよ。永貞に用うるなかれ」
であって、用いなければ、「咎なし」ということなんです。

だから、「咎なし」に惑わされてポチッとしてしまったら、「咎あり」になってしまうんでしょうね。


「往けばあやうし、必ず戒めよ。永貞に用うるなかれ」

おまえ、こんなん行ったかて、時間の無駄やぞ! ぜ~ったいに行ったらあかんで!


ってことでしょうか。

今ひとつ、関西弁に自信が無いのですが・・・