震災の翌日 私たち家族は九州の実家へ帰省する予定でした。
 
ずいぶん前から計画していたんです。
母のお祝いに家族そろって行こうって
 
3/11のあの日は 帰宅したらケーキケーキのスポンジを焼いて、荷物も用意して・・・
 
それが もう 大変な事態になりどうしようと不安な気持ちの中
 
シフォンケーキを がんばって焼きました
 
何がなんだかわからないまま、自分で今振り返っても何をしていいのか分からずに
夢中でケーキ作りをしていたように思います。 何か変でしたしょぼん
 
飛行機も始発便で羽田を6時すぎのフライトの予定でした。
東京から帰宅しただんな様は 翌朝に家につき
「どうしよう??行ける??飛行機飛ぶ??」
矢継ぎ早の質問攻めでしたが、「とりあえず羽田飛行機へみんなで行こう」と
そのままあわてて出発。
 
電車を乗り継ぎ やっとの思いで羽田に到着したのは 午後13時くらいだったか。
もちろん 予約便とっくに出発、でも次の便に振り分けてくれて
    ごったがえす羽田の中を時間がないから 走る走る走る走る人走る人走る人
 
頭の中がごちゃごちゃになりながら 機上の人になった私たちでした。
 
九州は なんとも平和で 何もなかったかのように静かでした。
 
空港でレンタカーを予約していたので 車を走らせ実家へ無事到着。
途中あちこちから 携帯に連絡がきたりして「ほんとに帰れるの」って。
 
シフォンケーキを焼いてもってきていたので 実家につく途中のスーパーで
フルーツや生クリーム、お花なんかを買い出しし、ついたらすぐにデコ開始ケーキ
 
 
母のバースデーケーキ 
 
イメージ 1
 
数字キャンドルは 購入済みだったのですが その他は現地調達でした。
77歳 そう「喜寿」ですね。 いつまでも若々しい母で大好きです。
外食のことは母に伝えてあったのですが、お祝いの席の用意がしてあることは内緒だったので
バタバタと台所で生クリームをぬったりしてると「何?何がはじまるの?」って不思議そうな母でした。
 
あわててつくったので あちこちボロボロですが、お祝いのケーキらしくなりました。
 
イメージ 2
 
私たち家族の他にも仲の良い親戚も呼んで 10人くらいで集まりました。
それぞれ プレゼントも用意してくれていて、母もとても感激していました。
こんな大変な中 無理してでも帰ってきてよかったと思いました。
 
イメージ 3
 
お店の予約は おいしいものが大好きな母の妹の伯母にお願いしておきました。
「絶対お母さんには内緒だからね」って念を押して。
 
イメージ 4
 
お料理もお酒も楽しみ、とても楽しいひとときを過ごしました。
 
こうして 短かった実家での三日間を過ごしました。
おでかけやお買いものの様子も 少しづつUPできればと思います。