狭い巣で5羽もの雛を育てて、つばめの家族は飛び立っていった。もう戻らないのかと思っていたら、数日して、何十羽というつばめが我が家の前に結集した。壮観であった。しかし、これはまだ遠い旅立ちの準備ではなかった。さらに何日かして、駐車場の別の壁に新たな巣を作ろうとするカップルが現われた。第二世代なのだろうか。しかし、具合の悪いことに、今回の場所は、連れ合いの赤の愛車の真上にあたり、これでは毎日毎日、つばめの糞を積んで出庫しなければならない。さすがに、そこまで寛容にはなれない。涙を呑んで、建築が始まったばかりの新居を、取り壊させて頂くことにした。地上げ屋の心境である。木ぎれを口にくわえて戻ってきたカップルの表情は、何とも曰く言いがたいものであった。
その後、まだ何羽かが、毎日のように電線に止まって、ときどき駐車場の壁を覗きに来る。つばめという鳥は、気丈なのか鈍感なのか、人間やフクロウなどまるで感知せず、ここはおれたちの家、みんなで飛べば怖くないという感じである。
その点、ウグイスは臆病である。声ばかりは聞こえるが、フクロウ効果で、決して駐車場に近づこうとはしない。
昨日の早朝、ホトトギスの声を聞いた。たぶんウグイスよりさらに臆病なのだろう。生まれてこの方、ホトトギスの生の声を聞いたのは2,3度しかないが、この山奥に来て、近しい存在になった。我が家の裏山にはかなり棲息しているような感じである。
不如帰、啼きつる方を眺むれば、ただ有明の月ぞ残れる。(後徳大寺)
不如帰、啼きつる後に呆れたる、後徳大寺の有明の顔。(江戸時代の狂歌)
目に青葉、山不如帰、初鰹。(山口素堂)
目と耳はいいが口には金が要り。(江戸時代の川柳)