先週末から咲き出した桜。

週末を前に満開になりました。
近くの目黒川の桜も伸びやかな枝の先で風に花びらを揺らして愛らしい姿を見せてくれます。

今週は被害の出る程の強い余震もあって再び不安な日々に戻ってしまいましたが、
みんなの気持ちは確かに、これから乗り越えるべきものに向かう、前向きなものに変わっているのですね。
TVや新聞、ネット、ツイッターのメッセージは日々そういうものになってきていますね。

本当に忍耐強い国民だと感じてします。
私の中にも、同じ日本人としての誇りや勇気が湧いてくる思いです。

桜の花の咲く春が来ること。。。
たったそのことだけからも、未来に希望を感じる事のできる感受性をもっている日本人の豊かな心が私は大好きです。

きっと、今まで以上に素敵な国になっていくのでしょう。
ほんの少し前までこの国を覆っていた閉塞感・・・。
地震をきっかけにして、本来の姿・・・無限の可能性を秘めた国であることが
今、証明されようとしているのでしょう。





この連休は・・・

震災で祖母や母方の親戚と連絡が取れなくてtwiiterや関連ページで探していました。
でも3/21になっても名前は出てこないですし、まだ連絡取れてません。
生きているのか、どうしているのか・・・・。


崩していた体調も落ち着き、やっと、あの日の事を考えられるようになりました。



当日、都内でタクシーの社内で揺れを感じた私は、午後から早退した職場に間髪入れずに連絡しました。


私は電磁波が苦手なのでWillcomのPHSを使っています。職場も上司とその他の上役はみなPHSをもっています。
でも、同僚はドコモ・・・。なので、私が在籍している部署の、メンバー共通のメアドにPHSからメールをいれました。
14:52「無事です」と・・・いつもどおりに送信できました。

その後もメールのやり取りをしましたが、PHSはいつもどおりに通話もメールもでき、ドコモの夫とは普段どおりに通話もメールもできましたが、夫からの返信はなく、私が再度電話をしたらもちろん1回で通じ、安心でした。
ソ●トバンクの友人には全く連絡がつかなくて、不安のイライラもあって・・・ちょっともめてしまいましたね。。

PHSは山中湖の平野の別荘地に入り込んだりすると、即時圏外になったままになりますので、このことが分かってからすぐに、auの携帯を契約しました。また、PHSは普段、メールが遅かったりすることもあり、一時は解約をしようとおもっていたのですが、イザというときに役に立ちました。

auの携帯は当日使う必要が無くかったので通話もメールもしませんでしたが、緊急地震速報で助けられて良かったです。

あと、地震直後にもtwitterが使えたことは、意外な発見でしたー。後で知りましたが無線LANも使えたそうです。




この1週間、テレビでこの世とは思えない光景を幾度も見せられて、

被災地に食料品が届かないという悲惨な現実を目にしたことで、

そのショックから、

動揺してしまった自分の心をどうすることもできなくなるのは仕方が無いと思います。


でも・・都内の買占めが、関西地区や九州地区の買占めの連鎖を呼んでいるようですから、

1つ買っているものを2つ買う・・・こんな小さな不安が2倍の食料品を必要としてしまう事態を生んでしまうことだけは、

この辺で止まってほしいと思います。

怖いのはみな一緒です。心配なのは一緒です。

助け合って、分け合って・・・かならず、乗り越えられるはずです。。


私が大人になって始めた、剣道の先生は、広島で被爆し、郷里の長崎で親類や友人を失いました。

先生はいつも心と身体の傷を抱えながら、気丈に生きていらっしゃいました。3/15にお誕生日を迎えられ、今年83歳になられました。


日本は2度、被爆しても立ち直りました。

自信を失わないで、頑張りましょう!






あの日から、1週間が経ちました。


全てが経験のないことばかりで自然の脅威の前に、人間の無力さを感じてました。


強い揺れに怯えながらも、生きるために手探りの連続の日々。


そして中々進まない救済。。もどかしくて・・・でもショックで何をして良いのか心が定まれない中、


昨日は募金だけをしてきました。




生きていて!今日も祈りながら過ぎていきます。


津波を被った町で、過ごした夏休みの日々・・・もう二度とあの町並みは見ることができません。