いつもこの時期は忙しくて桜を見そびれていた私にとって 今年の桜はいつもより深い思いで眺めることができた。

桜は生ぬるく温かい気温が続くと咲かない。一度、ギュッと寒くなる日があって初めてパッと咲くのだそうだ。

人間も同じ。日々感動もなく、生ぬるく生きていると、自分の存在がぼやけてくる気がする。
自分はなにものなのか自分探しをしたくなったり、どう生きたらいいのか悩むときは、きっと そこそこ恵まれている状況なのかもしれない。


ギュッと、心身凍ってひきしまるような辛い体験を体験して初めて、自分の命の輪郭を見ることがある。 すべてを受け入れ、開き直ってはじめて、自分の花を咲かせることがある。


有名な京都のしだれ桜も美しいけれど、名もないさびれた公園の隅に咲く桜も 私は好きだ。

愛でられることを期待せず、春が来れば 精いっぱい花を咲かせるその姿がいじらしい。

誰とも比較せず、誰にも褒められずとも、桜は桜の生き方を全うして、人知れず花を散らし、葉をつける。

潔く、淡々と 今を生きている。

季節はめぐる。誰のもとにも春が来る。

春を感じる心さえあれば、今いる場所で花は咲く。
神様のシナリオはいつもハッピーエンド
 最近私の周りで農作業にはまっている人が増えた。

 それも、報道や制作の局長クラスの人や、企業の取締役とか、分刻みで仕事をしてきた人たちだ。

 田畑を借りて、米や野菜を作る。まだ現役の彼らは忙しいのに どこにそんな時間と体力があるんだろう。
 
 彼らは言う。

 コンクリートの壁の中で、流れる季節を感じることなく、追いかけられるように仕事をしてきたから、こんなふうに 土に触れ、自分の思い通りにならない自然を相手に、植物の成長を一喜一憂しながら見守るのが、なんともいえず癒しになるんだと。

 太陽の下で、めいいっぱい汗をかくのも、すごく気持ちがいいのだと 真っ黒に日焼けした顔で楽しそうに笑う。やりたいことをやっている人は、生き生きしている。


 だからといって、農業で生活していくには、設備投資など相当お金もかかるから、趣味程度にしかできないが、それでも とても楽しいのだそうだ。子育てメモみたいに、ノートに成長記録や 与えた肥料や水の状態を書いたり、男性って 女性よりもきめ細かい人が多いなと思う。


 朝早くから、まるで女性が子育てするかのように、まめに土の状態を見て水や肥料をまいたり、虫をこまめに手でとったり、細やかに世話をしているのには感心する。

 「収穫においで」

 と誘っていただいたので、今朝 宝塚市・中山寺の畑までいかせてもらった。
手塩にかけて育てた野菜の数々を、収穫させてもらった。炎天下で暑かったけれど、これが、なかなか楽しい作業だ。
 
 熟れた野菜を見つけて採るのは、夏休みの子供にもどったように胸が高鳴る。

 ナスにオクラにゴーヤにきゅうり

 ナスもきゅうりも、真夏は育ち盛りで、朝から夕方までの間にたっぷり水を吸って4~5㎝も成長するんだそうだ。生きているんだなあと あたりまえのことに感心する。
 9月中旬になると、成長がゆっくりになって、味が濃厚になってタネが多くなるらしい。それが秋茄子。 

 それにしても、ちっちゃい種から、水と陽光と土で ここまで大きく実るんだと思うと、自然ってすごいなと感動する。 


新鮮な驚きもあった。
オクラもスーパーでしか見たことなかったが、高さが腰丈くらい、ハイビスカスみたいな綺麗な花。そのあとに、オクラが剣のように突き出してくる。


$神様のシナリオはいつもハッピーエンド


オクラの実を刈ったら、その下についている葉を切り落とす。
新しく育つオクラの実に 十分な栄養をいきわたらせるためだ。

キュウリの黄色い花も可愛い。

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珍しい白い茄子、ゴーヤ、キュウリも。

神様のシナリオはいつもハッピーエンド

1時間半 収穫作業をして 噴き出すほど汗をかいたあと、中山寺近くの喫茶店で一休み。生姜のチーズケーキと 中国のジャスミン工芸茶をいただいた。クーラーで汗がすーっとひいた。




神様のシナリオはいつもハッピーエンド
神様のシナリオはいつもハッピーエンド


太陽の光をめいっぱい受けて 元気よく育った野菜たち。生命力にあふれて輝いて見えた。

命のエネルギーを 私たちに捧げてくれる

一粒の米、ひとつの野菜にも感謝だよなあ。美味しくいただきます!
5月に 長年住み慣れた家を引っ越した。


物件を探しても、どれもピンとこなくてなかなか引っ越すチャンスに恵まれず

「多少狭いけど、愛着があるから このままでもいいか」と機嫌よく暮らしていた矢先に、突然いまの部屋と出会った。

出会いっていうのはそういうものなのかもしれない。探しているときには見つからない。執着をなくしたときに現れる。


何の期待も持たず、物件を見に行ったが、その場所に言った途端「あ、ここに住むことになる」とハッキリわかった。
そして、実際住んでみて、本当にいまの私にぴったりの部屋だなと思う。



前の部屋は狭くて、築年数もかなり古かったので「そんなに長いこと住んでるなんて、早く引っ越せばいいのに」とよく友人に言われたものだが、私は気に入っていた。


南向きの窓に広がる大きな空。季節ごとに色合いを変える、大自然のアート。

陽や月の光がさんさんと降り注ぐ明るい部屋は、冬は温か 夏は風通しがいい。
大家さんは優しく、住人は礼儀正しく、春は隣の家の桜が窓いっぱいに季節を彩り、秋は金木犀が風に乗って香ってくる。

駅から17分と、最初は遠くて不満だったけど、千里山の麓にあり、夕方になるとカラスがカアカアと鳴きながら山に帰る。

大阪の中心地にほどちかいのに、家に居ながらにして自然を味わえる静かで最高の場所だった。

小説「神様のシナリオ」を執筆したのも、そんな小さな部屋のこたつ机だった。つらいAD時代を、夜明けに家に帰り、泣きながら眠りにつく私を見守ってくれたのも、やはりこの部屋。


私の人生をじっと見守ってくれたようで、すごく好きになった。


引っ越しするとき、大家さんは、リフォームかけるから、掃除はしなくていいんだよといってくれたけれど、私は大切な友達と別れるように、一生懸命掃除して、いままでありがとうと心で言いながら床を磨いた。

私のエネルギーがいっぱい詰まった、私の空間にサヨナラ。そして、ありがとう。



 居住空間を変えるということは、人生の流れを変えることなんだなと最近思う。
いや、人生の流れが変わったから、住むところが変わるのだろうか。
 いろんなものを手放して、新しい部屋にやってきた。

 真新しいキャンバスに、新しい絵を描くような気分だ。


 新築で、少しだけ広い部屋。欲しかった書斎と勉強机ができた。
窓があちこちにあって明るく、風通しがいいので、ほとんどクーラーを使わない。

 昭和の香りを残す、下町風のこの町は、商店街でお店のおばちゃんと話をしながら買い物をするのが楽しい。キッチンでゆったりと料理を作り、いろんな友達がときどきご飯を食べにくる。
 

 夜は、間接照明で音楽を聴いたり、ラベンダーとゼラニウムをブレンドしたアロマを炊きながら、ソファーに座って ハーブティーを飲みながら本を読む。 
 ささいなことだけれど、誰にも邪魔されないひとりの時間が、とても贅沢に思える。

 そういえば、誰かがこんなことを言っていた。

毎日、小さなことに「ああ、幸せだなあ」と感じるようにしたら、「幸せだなあ~」というエネルギーが出て、それが積もり積もって、本当に「幸せな現実」を創るんだと。

 そのとおりかもしれない。

 私は、ささいな幸せに敏感だ。
若いころに のた打ち回るほど苦悩したおかげで身についた技かもしれない。

 たとえば、狭くて古い前の部屋を、嫌だ嫌だと不満を言っていたら、きっと今の部屋には出会わなかったかもしれない。ありがたみも感じなかっただろう。
 古くて狭い部屋でも、居心地の良いところ 気に入ったところを数えて、ありがたいと感謝して、幸せを感じていると、積もり積もって もっと大きな幸せがやってくる。

 明日の幸せのために、今日という一日にちりばめられた、砂金のような幸せを見つけて、
幸せだと感じてる。ありがとう、と言ってみる。

 このままでもいいかなーって感じた時に、想像を超えた幸せがやってくる。
 今日は 鹿児島県人の集まりである かけはしの会に 会社の上司に連れて行ってもらった。
曲水の宴といい、最近鹿児島に縁がある。

 
4月8日 はじめて鹿児島に降り立った私は 仙厳園の入り口に書いてある文字に目が留まり、鹿児島の人に意味を聞いてみた。

 「ゆくさ、おじゃったもんせ」
 
なんともいえない、柔らかなイントネーションで読んでくれて、「ようこそいらっしゃいました」という意味だと教えてくれた。

中に入ると、美しい庭園の向こうに 雄大な桜島が煙を吐いて鎮座していた。
ゆくさ、おじゃったもんせ といってもらっているように、初めて訪れるものも、優しく迎え入れてくれるような そんな感覚になる。ふるさとのように懐かしいと思えるのはなぜだろう。


西郷隆盛、大久保利通など 近代日本を築き上げた偉人たちがここで生まれ育った。


噴火する桜島を見ながら人々は長年生活してきた。自然には太刀打ちできない。
火山灰が降ってきても、不満を言うわけでもなく、それ相応に受け入れて工夫して生きている。
夏は火山灰が降ってくるので 洗濯物が外に干せないんですよ。

窓も開けられないから 鹿児島はエアコン普及率全国NO1なんですよと笑う。

偉大な自然の営みを受け入れ、共生しながら生きてきた鹿児島の人々。

この雄大な桜島を愛し、桜島を仰ぎ見て育った人たちだからこそ、近代日本の礎になるような、スケールが大きいことを成し遂げたんだろうなと感じる。

神様のシナリオはいつもハッピーエンド
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2012年4月8日の曲水の宴は 天候に恵まれて最高だった。
私は小袖五衣という赤い着物を着て鬘をつけて参宴した。小川のほとりで歌を詠むのだ。


近衛様、徳川様、井伊様、島津様ほか男性陣は 着物がよくお似合いで、所作に滲み出る気品とあわせて、美しかった。

神様のシナリオはいつもハッピーエンド
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神様のシナリオはいつもハッピーエンド
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そうか、時代が時代なら、将軍様、お殿様たちなんだなと思うと こうして普通に並んでいるのが不思議な感じがした。特に、島津様のお母様は なんて美しい方なんだろうと気になって仕方なかった。内側から輝く気品というか、ただものではないオーラがあった。後で聞くと、西郷隆盛のお孫さんなのだそうだ。

「森のイスキア」の佐藤初女さんのときも、桂小枝さんが「存在そのものが美しい」と絶賛したように、透明感のある清らかな祈りのような美しさに圧倒されたが、この方もそういう存在の美しさがあった。

女の美しさというのは、年齢じゃないなと思った。アンチエイジングとか、メイクや衣装着とか、そういうものに左右されない、「内側から輝く気品」というか、優雅さ、余裕も 存在の美しさを構成するのだなと教えられた。

ちなみに、参宴者はみんな ○○家の末裔 などと歴史上の有名人オンパレードで 今年は特に超豪華メンバーだったので 鹿児島の方が 私に「あなたのご先祖様はどなたですか?」と聞いてこられた。

大阪から来たので シャレで「豊臣秀吉の末裔です」と言おうと思ったが、嘘はいけないと思い、
「アンモナイトです」と答えると、「は?」と言われ、困った顔をされた。

そうか、ここは鹿児島だった。大阪のノリはここでは通用しなかった!

大阪ならば「な、アホな」とか、「どこまで さかのぼっとんねん!」と間髪入れずつっこまれるところなんだが、スミマセンでした。


くだらない話はさておき、曲水の宴の今年のお題は「岸」と発表された。

私は大阪から 九州新幹線の開通を記念して呼ばれたから 新幹線の名前を入れて次のような和歌をよんだ。

「浪速津の 岸に舞い降るさくら花 みずほの里の 君に届けむ」

ちょっとしたラブレターの歌だ。あとで徳川様から「みずほの里の君って誰のことですか?」と聞かれたが、「架空の人物です」と答えると笑っておられた。


時代絵巻のような曲水の宴は 1時間ほどで終わり、優雅に退場というとき、私は足がしびれて立ち上がる時に まるで生まれたての小鹿みたいに よろよろになった。
が、着物の裾を直していただいているうちに痺れも消えて、すました顔で退場することができた。

ホッ・・ あそこでこけたら台無しやん!

内側からにじみ出る気品を習得するのは まだまだ先のことのようだ。とほほ

$神様のシナリオはいつもハッピーエンド

明日、鹿児島に行く。




桜島を望む美しい島津家の庭園で行われる、春の伝統行事「曲水の宴」の参宴者として招いていただいた。


なんで大阪から? というのは、 本当は「鹿児島と大阪を結ぶ九州新幹線開通」を祝して、昨年おこなうはずだったのだが、地震で見送られた。




曲水の宴は江戸中期からはじまったとされる。 


庭園の川のほとりに狩衣・直垂や小袖五衣などを身に着けた参宴者が座る。すると川上から杯が流れてくる。


その杯が自分の前を通り過ぎる前に、お題にそった和歌を短冊に書いて 杯を飲まなければならない.




若い子にもわかりやすく言うと、タイムリミットつき 和歌詠みショーである。


時間内に解答するクイズ番組・タイムショックみたいなものかな? (タイムショック知ってる人いる?)


ペケポンとはちょっと違う。




というわけで、私が解答者、いやいや、和歌を詠む人メンバーになるのだ。 こんな感じ↓すごいよねー 歴史絵巻みたい。NHKの歴史ヒストリアのロケじゃないよ。


http://www.senganen.jp/event/2012/03/post-29.html




にしても、参加者の名前を聞いてまずびっくり。




島津家にゆかりの深い、近衛家、徳川宗家、近江彦根井伊家、薩摩 島津家の方々に、JR九州鹿児島支社社長、鹿児島書道会の方、鹿児島歌人教会の方などが参宴される。


披講者(作った和歌を読み上げる人)もすごい。


宮内庁からやんごとなき方々がお越しになるという。




うーん、みなさんとの会話の予備知識として、日本史の教科書をもっていくべきか。




大阪代表といっていただいても、私だけ血統書なしの雑種だしなあ。







無責任な会社の友人は 「わたし、豊臣家の末裔ですねん、とかいうたらウケるんちゃうのん?」とのたまう。




「ウケるとか、そんなんいらんねん!!」




こんな由緒正しい伝統行事に しかも、日本史の教科書で聞いたやんごとなき方々の中で、


笑いやウケなんぞ期待されていない。




こんな大阪のノリは がっちり封印して出てこないようにしとかないと、大けがするのは私だ!!!


歴史上の人物のご子孫など、一生に一度会えるかどうかという 超VIPの方々に会いまみえる場面で、しかも和歌を書いて競い合う雅な宴に くだらん冗談言うてる場合!?




勝手な想像をすると


みなさん、ハンバーガーとか、カップラーメンとか 食べたことないかなあ。


トランプの代わりに 貝合わせとか、サッカーの代わりに蹴鞠とか たしなみとして学んでたりするのかな


どんな話題がお好きかなあ。ワイドショーやバラエティなんかは絶対見ないだろうなあ。




AKB48とかご存じかな? なにかの暗号ですか?と聞かれるかな。


きゃりーぱみゅぱみゅとか 新しい寒天みたいな食べもんかと思うだろうなあ。


ワンピースって漫画は、ファッション漫画かと思われるかな。 




大政奉還について、どう思われますか?というのもちょっとねえ・・・


 


何話せばいいんだろう。


       








うーん テレビ局という仕事柄、有名人にはたくさんあってきた。


が、歴史上の人物という有名人の末裔というのは、なんだかスケールが違う。






たとえば作家つながりで 尊敬する日本の大ベストセラー作家・紫式部先生の末裔の方とかにお会いしたら、私は大興奮するだろう。




源氏物語にサイン書いてください、ってねだるわけにもいかないし。




田辺聖子版の源氏物語とか、大和和紀の「あさきゆめみし」に書いてもらうってわけにもいかないし。





そうだ、しゃべらんとこ。 余計なことはしゃべらんとこ。 冗談思いついても我慢しよう。黙って微笑んどこ。


両面テープで唇を閉じとこ。




いつものパワーを半減させるために ご飯食抜いて、血糖値さげといたくらいがちょうどいいかも。







と、そんな風に無駄に緊張してることを話したら、仙厳園の方が電話で優しく言ってくれた。




「そんなに 緊張しなくていいんですよ。 と緊張してるかもしれませんが、江戸時代の知的な合コンだと思ったら 少しは気が楽になりませんか? 何も心配いりませんよ 大船に乗ったつもりでいらしてください。 


みなさん本当に素敵な方々ですから 楽しいと思いますよ 明るいムードメーカーになってくださることを期待しておりますよ」




と上品な口調でおっしゃられたので、少しほっとした。




見よ!この庶民の目線に合わせてくれる この心配り。


品格のある人は 相手に合わせた冗談をいったりして、思いやりにあふれている。






和歌を詠みあう宴、楽しみになってきた。 着物とかつら、似合うかなあ~ 




「日本の伝統文化」に触れ 日本人としての「品格」を学んできます。


神様のシナリオはいつもハッピーエンド-曲水の宴ポスター