幼児期は誰しも、周囲の人の自分に対する反応によって自分を評価します。

そして、だんだんと精神的成長をしてゆき、自分で自分を感じることのできる時期に移行していきます。

ところが、自分が他人にどう見られているかを、過度に気にする人(ヒステリー的で人一倍虚栄心が強い)は、自分を実際以上に見せようとします
そうした人は、本当の自分がまだ育っていないので周囲の人の反応によってでしか自分を感じることができません。

わあ、すごい!と周囲の称賛を受ければ、ものすごく拡大した自分を感じとり、軽蔑のまなざしで見られれば、今度は縮小した自分を感じる。周囲の反応があってはじめて、自分の行為は自分にとってプラスかマイナスかの意味を持ってくるのです。

こうした人には、他人の反応がまったくない行為というのは無駄骨で意味を感じられない‥(目立たない、地味な行為)

本当の自分といういい方は、なんともわかりにく表現ですが、具体的には対象への投入というそうですが‥


例えば、友達と話している時などはどうでしょうか。
思わず話しに引き込まれ、時のたつのも忘れて話しに熱中していることはないでしょうか。

こんな時は、何とか話し相手を驚かしてやろうと話に苦心することはありませんよね。

とにかく楽しくてその時間、その瞬間を楽しんでいるはずです。そんな時の自分は周りの目を気にしてはいません。


なんであれ、周囲の反応によって自分を確認しようとすれば、なにか素晴らしいことをいって相手を驚かしてやろうとか、こんなことを言ったら笑われたりしないかとか、そんなことに気をとられてしまいます。


ですから、時をたつのを忘れて話に熱中したり、スポーツをしたりして何かに夢中になる時、その人は良くも悪くも自分自身を育てているといえるでしょう。(本人に自覚があってもなくてもね)

どんなことに夢中になるのか、熱中するのかってのは中々大事な点なんですねぇ