意識も耳目も、進化の過程で獲得された機能である。
進化の順序は、当然、感覚器官が先で、意識は後だと思う。
ミミズを例にとって考えよう。
ミミズには目がない。
敵から身を守る機能は体で感じ取る感覚だけだろう。
だから、防御行動は単純になる。
目や耳などからのような豊富な情報がないため条件反射的な行動しかできない。
したがって、ミミズには意識の出番がない。
今も昔も、生き物は弱肉強食である。
動物も植物も、この捕食と防御の知恵比べしかやっていない。
知的生命体だなんて宣っている人間ですら、いまだに弱肉強食の闘争に明け暮れている。
ヨーロッパや中東の凄惨な弱肉強食闘争を頂点とする殺し合いが全地球規模で行われている。
彼らの諸器官(意識を含めた脳の諸機能)は、もっぱら、敵対勢力の排除のためにしか使われていない。
意識こそが人間を知性的にした機能なのに、生存競争にしか活用していない。
進化の過程で、意識という機能を獲得していなければ、高度な文化は生み出せなかっただろう。
だが、俺はどうだろうか?
うまいものを食いたがり、立派な御殿を欲しがっている俺は。
分け合おうとしていない。