転院してしばらく落ち着くと思ったのも束の間。
先週、金曜朝に病院から、昨夜から尿が出ない状態が続いています。血圧などは安定していますが、急変した場合お住まいが遠いので間に合わないかもと、予めご報告です、と。
早くも腎機能が落ちてきた?
と念のため急遽休みをとり、備えてはいましたが、
夕方の連絡では日中2回自力で尿が出たとの事。
血圧も安定しているなら、緩やかに状態が落ちていくのかな、とも思いましたが、看護師さんからはそうは言っても今の横ばいが続くとは限らず、主治医から息子さんのみなら面会してもらっても大丈夫、との話があり、週末お越しいただくのは可能でしょうか?と。
転院時に対面できておりませんでしたし、ここで会わないとこのまま最期を迎える可能性も充分ありますので、急遽予定を変更し、本日行ってきました。
できれば息子も一緒にと思いましたが、難色を示されたので一人で向かうことに。
病棟に着いてから、色々と段取りを整えて頂いて約2年振りの直接面会となりました。
身動きできずと聞いていましたが、麻痺のない右腕をゆっくり動かして布団を捲り上げたり、病衣をひっぱったり、ベッドサイドを掴んだり、と予想をはるかに超えて力が残っています。
こちらからの声かけには反応はできず、目線も合いませんが、時々動きに追視したりしています。
たぶん、聞こえているのでしょうね。
嚥下機能が落ちているため、ぶーぶーと言いながら口呼吸をしています。
12年前に脳出血で倒れ左半身麻痺になりましたが、常に動く右手で左腕、左脚を自分でマッサージリしていました。
右手を改めて観察すると左腕を押さえるような動きを繰り返していました。
あーっ、まだ自分と闘っているんだな、諦めていないのかもしれないな、とその姿に少しこみ上げてくるものがありました。
点滴のみではそれほど長くはもちませんし、少しでも早く楽になれたらいいな、と思っていましたが、もしかしたらそうではないのかもしれませんね。
私はこれまでずっと逃げる事を選び、やり過ごそうとしている生き方です。ここ数年のうちにはこの生き方も大きく変えようとしている、ヘタレです。
実父は親としての生き方は決してよくやったよ、と声をかけられるようなものではありませんし、病に倒れてからの往生際の悪さにもずっと憤りを感じてきました。
今もその心境に変わりはありませんが、憤りについてはきっと自分では同じような生き方が選べないことの自分への怒りだったのかもしれない、と今日の姿をみてふと思いました。
今週末、息子は小学校を卒業します。
おそらくはそれを待ってくれているのでしょう、と勝手に思っています。
この春は様々な想いを巡らすことになりそうです。