前回のエントリからまただいぶ間があいてしまいました、、、
予定よりも少し早めに斎場に到着しました。
2家族ほど先に集まっていらっしゃって、中にはこちらはとんとお目にかかった記憶がないのですが、やさしくお声かけくださる方まで。
それでも親族は高齢の方が多く、また平日になったこともあり、
あまりお集まりにはなれませんでした。
すこし言葉を濁しておりましたが、今後自分も同様のケースになるかもしれませんのでここに書きおくと、伯母は孤独死で少し発見が遅れたこともあり、安置されていた地元の警察署から斎場に直送されました。
本家の叔父が連絡を受け、身元確認に行きましたが、お顔は見れていないとの話を聞きました。
そのような状況でしたので、火葬直前のお見送り時間も残念ながらお顔を拝見することは叶いませんでした。大恩ある方でしたので、心残りがありました。
骨拾いも終わり、事前のご承諾を得ていた亡父の墓への納骨をするため、分骨頂いた骨壺と火葬証明書をお預かりました。
(伯母は生涯独身であったことと、本家の亡母とは腹違いのため)
当初はここで失礼する予定でしたが、この後伯母宅に遺品整理業者が来るとの話があり、伯母宅には何度か訪れておりましたので、タクシーを呼ばれるなら当方がお送りします、とご一緒させて頂くことにしました。
現地では既に業者さんも待機しており、1年前に訪問した時よりもさらに室内は様々散らかってはおりましたが、ひとつわかった事がありました。
私は勝手に伯母が寝ている間に亡くなったと解釈しておりました。
苦しまず亡くなったけれども、発見が遅れある程度時間が経過していたから、警察に安置されていたし、最後の対面もできなかったのだと。
実際には、そうではありませんでした。
発見される数日前から管理室からの連絡に反応がなく、URは鍵の管理をしていないことから、不審に感じた管理室から本家に連絡があり、本家承諾の上でレスキュー隊が窓ガラスを割って室内に入り、玄関でうつぶせに倒れているところを発見されました。
搬送後、すぐに疑いは解消されたようですが、発見時は何らかの事件に巻き込まれた可能性があるのでは、という懸念があったようです。
そのため叔父も少し言葉を濁していたのでした。
当方が伯母宅を訪れた時点でもまだ大量の血痕が玄関先に残っていました。
そういった事情がわかり、伯母は生まれながらに股関節の障害で幼少時から杖を使わないと歩けない状況で、それ故に高齢になってから周りから勧められても、決して介護サービスやヘルパーさんを頼る事なく一人で生きてきました。
ですので、倒れた時のことを想像すると非常に苦しくなりました。
昨年5月、亡父の納骨を報告するためにお会いしたのが最後となってしまいましたが、今年の1月に電話ではお話させて頂いておりました。
「久しぶりやねー、元気してたー?」
とその時も優しく声をかけてくれた伯母の声が1カ月経った今もずっと頭に響いています。
最後は苦しくなかったのかな、せめて倒れた時点では気を失っていて苦しまずに逝けたことを願っています。
遺骨は当方の部屋で納骨の日をひっそりと待っております。
死亡診断書上、四十九日にあたる8月某日を納骨日にしましたが、当日は偶然にも亡父の誕生日と重なりました。
合掌。