海龍王寺 散策 | 日々の戯言

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何となく続けている親父のブログ

法華寺を出た後、バス停に引き返し北に20mほど歩けば海龍王寺がある。
朽ちかけた様な表門を潜って境内に入り50mほど歩くと拝観受付があるのだが、
参道は木が生い茂ってうっそうとしているし、落ち葉の掃除もされていなく
うらぶれた感じのする寺である。
拝観料400円を払い、西金堂に安置してある国宝の五重小塔を拝見する。
撮影禁止との掲示が無かったので、写真を1~2枚撮らして貰う。
海龍王寺のHPによれば、飛鳥時代から建っていた寺院をもとに創建されたので、
限られた敷地の中に「東西両塔」を備えた大寺院の伽藍の形式を持ち込むべく
五重小塔を造立し、東金堂と西金堂の両金堂の中に納めたのではないかとの事。
続いて本堂に上がり、十一面観音菩薩立像を拝見。
先客の親父が一人いて、係りの人がいない事をいい事に堂内撮影禁止にも関わらず
観音像の写真を撮りまくっていた。
御仏が見ている前でルールを破るとは、罰当たりな親父である。
十一面観音菩薩立像は、鎌倉時代の作であるが、秘仏であった為に保存状態がよく、
綺麗な仏像である。




<海竜王寺>
奈良県奈良市法華寺北町にある真言律宗の寺院。本尊は十一面観音。
光明皇后の皇后宮(藤原不比等の邸宅跡)の北東隅に建てられたことから
隅寺(すみでら)の別称がある。
海龍王寺は平城宮跡の東方、総国分尼寺として知られる法華寺の東北に隣接している。
法華寺と海龍王寺のある一画は、かつては藤原不比等の邸宅であった。
養老4年(720年)の不比等の死後、邸宅は娘の光明皇后が相続して皇后宮となり、
天平17年(745年)には、これが宮寺(のちの法華寺)となった。
海龍王寺は、『続日本紀』、正倉院文書などの奈良時代の記録では「隅寺」、「隅院」、
「角寺」、「角院」などと呼ばれている。正倉院文書では天平8年(736年)には
「隅院」の存在が確認できる。「隅寺」とは、皇后宮(藤原不比等邸跡)の東北の隅に
あったことから付けられた名称と言われている。
(Wikipediaから抜粋)



                    十一面観音菩薩立像 (「奈良の文化と芸術」から)



  表門



  海龍王寺の扁額



           表門から続く参道



  写真の主面は国宝の五重小塔が収められている西金堂



           五重小塔





  本堂