宝筐院を出て、小倉山の山麓にある祇王寺に向う。
祇王寺は、去年の11月初旬に訪れたが、
紅葉の季節には早く、青紅葉と苔に包まれていた。
宝筐院の紅葉が盛りを過ぎていたので、
祇王寺の紅葉も「紅葉の錦」という訳にはいかないだろう。
坂道を登り小さな木戸の様な門を入ると祇王寺である。
寺というよりも草庵である。
平清盛が栄華を誇った頃、白拍子の祗王は清盛の寵愛を受けたが、
仏御前という白拍子の上手が現れたので、清盛に捨てられてしまう。
祗王とその妹で白拍子の祗女の姉妹、二人の母刀自の三人は、
剃髪して尼となり、世を捨てて祇王寺の地で仏門に入ってしまう。
ところが仏御前は、祗王の不幸を思うにつれ無常を感じ、
剃髪をして祗王を尋ねて行き仏門に入り、四人一緒に籠って
朝夕の仏前に香華を供えて、みな往生の本懐を遂げた。
四人が仏門に入ったのは、祗王二十一、祗女十九、母刀自四十五、
仏御前十七際の時である。
母刀自四十五歳は別にして、うら若き乙女三人が世を捨てるとは、
何とも勿体無い事だ。
今年の紅葉見物も祇王寺の紅葉で見納めである。
あはれ今年の秋もいぬめり
<祇王寺>
京都市右京区にある真言宗大覚寺派の仏教寺院。寺自体は尼寺である。
山号は高松山。院号は往生院。本尊は大日如来。
元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した往生院の跡を引き継いで今日に至る。
また、平家物語には平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が
出家のため入寺したとしても知られている。
その後往生院は衰退をたどり、明治時代の初期に一時廃寺となるが、
嵯峨大覚寺の支配を受け真言宗に改宗し、
1905年(明治38年)に富岡鉄斎らの尽力もあって復興を遂げた。
苔の庭でも知られる。









