この国の住人は、将来起こるかもしれない危機に対して余りにも備えや意識が希薄の様に思う。
四方を海に囲まれた島国で、終戦後の連合軍の占領を除いて、他国に侵略され抑圧された事がなく、
のほほんと暮らしてきたせいなのか、はたまた台風や地震に幾度となく見舞われても、
立ち上がってきた忍耐強さが染み付いているのか、危機に対する考えが甘いと思われる。
福島第一原発の事故に関して、原子力安全委員会が所管する国の指針には、
『長期間にわたる全交流電源喪失は、非常用電源の修復が期待できるので、考慮する必要はない』
と記されている。
この文章がおかしいのは、『非常用電源の修復が期待できる』と推測で述べ断定していない点である。
非常用電源が稼動しない場合もありうる事を判っていながら、発生確率が低いと考え放置したのだ。
原子力安全委員会の斑目委員長は、NHKの取材に応じ、原発事故は『人災』だと述べ、
『すべての電源喪失を考慮しなくてもよいとわざわざ書いてある。私もうっかりしていたが、
今回の事態に至るまでこの文章を気にかけていなかった』
と語っているが、余りにもふざけた発言である。
原子力の安全に携わる機関の長が『うっかりしていた』とは、全くもって危機意識の欠如そのものである。
この様な危機感の希薄な人物が、原子力安全委員会の委員長をしている事自体が、
今回の原発事故の大きな一因になっている。
地震と津波で稼動を停止したのが火力発電所であれば、電力供給能力が低下するだけの事だが、
原発事故で多くの放射能漏れが発生すれば、農産物の出荷停止や周辺住民の避難だけでなく、
何年も放射能汚染が続く甚大な被害を及ぼすと共に、原発の周辺地域で暮らしてきた人々が
避難生活を余儀なくされ、多くの人の人生を狂わせているのである。
今回の原発事故に対して、杜撰な安全対策のまま原発を推進してきた自民党、電力会社、
原子力安全委員会、原子力安全・保安院及び御用学者達は、どの様に責任を取るのであろう。
原発を推進するにしても、こと安全に関しては繊細さが必要だったと思う。
先の戦争で原子爆弾を二発も喰らい、放射能の恐ろしさを世界で唯一体験した国民でありながら、
原子力に対する危機意識が余りにも欠如していたと思う。
今回の原発事故は、国を初めとして原発村と言われる原発を推進してきた連中によって、
三発目の原爆を落とされた様なものである。
原発事故で被害を被った人々は、もっともっと怒りを露にして国や東京電力や関係機関に対して
猛烈な抗議をし、莫大な損害賠償を求めるべきである。