年年歳歳花相似たり | 日々の戯言

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何となく続けている親父のブログ

年年歳歳花相似たり

歳歳年年人同じからず


唐の詩人、劉 希夷の『白頭を悲しむ翁に代わりて』と題する詩の第4節と5節


庭のあちこちに生えている南天が次々に白い花を咲かせている。

毎年同じ様に南天の花が咲いているが、当たり前の事の様に思っていた。


鳥が種を運んできたのであろう、2人の娘が小さい頃から庭で花を付けている。

庭でままごとをし、バーベキューをしたりして、庭で良く遊んだ娘達。

南天の白い花は、彼女達の目にも映っていたに違いない。


長女は5年前に家を出て、次女は今年家を出て行った。

もう彼女達が、今頃に咲く庭の南天の花を見る事もないであろう。


自然が悠久の営みを繰り返してるのに対し、人の世は何かと忙しない。

子供が生まれ成長し、社会人として巣立って行くのは、高々20年余り。

今思えば、あっという間の出来事である。




  「白頭を悲しむ翁に代わりて」   劉 希夷


   こじん  ま らくじょう
   古人 復た洛城の東に無く

   きんじん ま

   今人 還た対す落花の風

   年年歳歳花相似たり

   歳歳年年人同じからず

    げん よ
   言を寄す 全盛の紅顔の子

    まさ あわ         はくとうおう

   応に憐れむべし 半死の白頭翁



 <意味>
  昔の愛人はもはや洛陽にはいない今、

  若い恋人同士が風に散る花を眺めている。

  思えば、寒い冬が終わって春になると、

  昔年と同じように花は美しく咲くけれど、

  一緒に花を見た人はもはやこの世にはいない。

  若く、美しい君達に云っておく。

  若いと云うがすぐ年老い、黒髪も白くなってしまう。