自分の性格 | 日々の戯言

日々の戯言

何となく続けている親父のブログ

小さい頃から、怒られても「ごめんなさい」とは言わない子供で、アマノジャクで気が短く何かにつけて反抗的な態度をとってきた。2歳年上の兄貴と比べ、育った環境に違いは無いし、私だけ疎んじられた訳でもなく、親の愛情も同じであったと思う。寧ろ私の方が親に心配を掛けた分、より多くの愛情を受けたのではないかと思う。


一つだけ兄貴との違いを上げれば、妹が生まれた為かは知らないが、兄貴と妹は両親と寝て、私は祖父母と一緒に寝ていた。3歳か4歳の頃の記憶だが、祖母のしぼんでしわくちゃになったオッパイをくわえて寝ていた記憶がある。両親と一緒に寝れない事が深層心理の中に組み込まれ、反抗的な態度をとっておふくろの関心を得たいという心理が知らず知らずの内に行動に現れたのであろうか?その辺りは自分でも良く判らない。


また、小学生高学年の頃から、夜中に夜空を見上げる事が多く、ちっぽけな地球、ちっぽけな人間、ちっぽけな自分を考えると、何もかもが虚しく感じられ、どうでも良いと言う思いが、じわじわと膨らんでいったのも事実である。やくざ映画の主人公や織田信長の様に、太く短い人生を望むようになる。

信長が出陣に際して舞ったという、幸若舞の『敦盛』の一節、

『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか』
そう、人間棺おけに足を突っ込む時は、どの様な人生を送っていようが、その人生は全て夢幻であるとの思いは、小学校高学年から50歳半ばに至まで、づっと持ち続けている思いである。


何を書いているのか判らなくなってきたが、反抗的で体制に組する事が嫌いで、人生全て夢幻との思いを持ち続けて50年の人生を歩んできた事は否定しようがない。