元より、1K六畳の部屋に恋人と同棲しながら在宅仕事をこなすなど無理な話で、家賃が上がり懐を圧迫されても、少しばかり広い賃貸へと移りたいと思うのは当然の帰結である。
引越しは私と恋人、そして私の友人である莉桜とウシジマの四人で行われた。引越しの初期費用と新たな家電家具を最低限揃える費用を概算した結果、引越し業者へと回す費用は微塵も残らず、レンタカーを借りて友人に協力を要請する他無かったのだ。
当日の朝方、パワーゲートをどうしても利用したいが為に私が大型のトラックをレンタルした事に文句を言いながら二人はやって来て、建築業で鍛えた体力を遺憾なく発揮し、半日の内に引越し作業を終わらせてくれた。
尤も、その事について「やっぱり力仕事をしている奴は凄いなあ」と褒めても、荷物の運び出しと運び込みだけなのだから当然だ、とまるで自分の力量を鼻にかける素振りもせず、寧ろ、引越しは新居についてからが大変なんだと私を脅す始末だった。
二人への褒美にとご馳走に訪れた都内の焼肉店で、私はその話にふうん、と軽く相槌だけ打って、好物であるマルチョウを口に運んだ。
その翌日から、その言葉に偽りが無い事を知る。
段ボールに詰められている為、少なく見える荷物が、その実段ボールから出した途端に、乾燥ワカメをふやかすかの如く量を増していくのだ。
半日もあれば片付くと高を括っていた私たちの思惑に反して、段ボールの三つ目を開けた時点で部屋には西日が差していた。
普段は自炊を心がけている私ではあるが、この日、いや、この先いくらかは終日蟄居して片付けに励み、気力体力共に片付けに消費するばかりになると踏んで、一週間ほどの自炊を諦めた。
その夜、近くのスーパーを訪れて、いつの時振りか惣菜を購入した。
スーパー閉店間近の惣菜コーナーは、残り物のみの独特な哀愁が漂っていたが、それに反して、蛍光色の目立つ半額シールが張られているので、ついつい多めに買ってしまう。
一食分では翌日また買い物に来るのが億劫と思い、結局、翌日の昼食まで分を買い物籠へ放り込んだ。
帰宅次第、翌日分の惣菜を冷蔵庫へ押し込むと、その日は出来合いの蕎麦を食べて床についた。
翌朝、カーテンもまだ引かれていない窓から差し込む朝日で目を覚ました。
今日もまたあの片付けが待っていると思うと憂鬱にはなったが、気分がいくら落ちても新居に落ち着くには越えなければならない障害であったので、腹が減っては何とやら、まずは昨日購入した惣菜で腹ごしらえをする事にした。
起床してから直ぐに行動を起こしたいと考えていたので、その日の朝はコロッケパンにすると前日には決めていたので、迷い無く冷蔵庫からそれを取り出した。
冷気で少し硬度を増したパンに挟まれたコロッケが私を誘っている。惣菜コーナーの食品であるから、味はそれなりなのだろうが、寝起きの胃袋が欲するには十分過ぎる。取り出したパンをレンジへ運ぼうとして、愕然とした。
私は引越しに際して、電子レンジを新調したのだ。
旧居で使用していたレンジは、オーブン機能がなく、自炊する私にとっては物足りないものだったので、引越しにあたり新型のものを購入した。
購入はしたのだ。購入はしたのだが、中々どうして電子レンジとは大型のものである。車を持たない私は、都内の家電量販店で購入したそれを、当然の様に郵送にした。
だから、今、この家には
電子レンジがないのだ。
冷たいコロッケパンを片手に、茫然自失した。
しかし、茫然自失して直ぐに思考を前向きに切り替えた。二十五年間の人生で、思い悩み落ち込む時間がこの世で最も無駄な時間だと理解していたので、直ぐにその冷たいコロッケパンを美味しく食す術を探した。
ただ、非情な事に、冷静かつ迅速に思考したが故に、茫然自失の時間から大して間を置かずに、この家ではコロッケパンを美味しく食す手段がない事に気付いてしまった。
その意識の一切が呆然としてしまいそうな刹那、カーテンの引かれていない窓が目に飛び込んだ。
これだ。これしかない。
有史以来、人の偉大な進化の過程には火が関わっている。
その火が自然界で発生する条件は限られているが、パイロキネシスの仮説の一つにもある様に、小学生の頃に誰もが虫眼鏡で試した事がある様に、太陽光というのは火を起こす程に大きな熱エネルギーを発している。
私はコロッケパンを窓際に置くと、部屋の片付けを始めた。
時刻は午前九時。陽はどんどんと高く上がり始め、それに比例する様に、私の期待感も高まっていった。
午前十一時。空腹から来る不快感が喉元にせり上がってくる頃、私は意を決してコロッケパンを頬張った。
ゆっくりと暖められたそれは、パンはふっくらと、コロッケはサックリ、中身のジャガイモまで熱もしっかりと伝わり、簡単に言えば
美味しかった。
