看取り

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 私たちは普段「相続」という事象と向き合って仕事をしていますが、私どもの事務所に来られるお客様のほとんどはその「相続」という事象の前に亡くなられた方の「看取り」を経ていらっしゃいます。たまに遠縁の者が亡くなって相続人になっているようだとか、事故で知らせを受けて駆け付けると既に遺体となっていたという方もいらっしゃいますが、大抵は親、あるいは兄弟(姉妹)の方が亡くなる際、「看取り」という悲しく、辛い局面を経て、様々な相続のご相談に来られます。

 死が目前に迫っている近親の者を看るというのは言葉に言い表せない実に辛い気持ちだと思います。どんなに医療がすすんでいようが、どうすることもできない局面を迎えその場に立ち会っている時間というのはただただ見守るしかありません。

 しかし、それで良いのでしょう。生きとし生ける者、必ず死を迎えるときが来ます。それに寄り添うことだけが最期にしてあげられることだと思います。

 「看取り士」と称する方々がいらっしゃいます。その看取り士を要請する日本看取り士会会長の柴田久美子さんは「人は誰でも良い心と魂、体の3つを持って生まれてくる。死によって体が失われても、良い心と魂は家族に引きつがれる。だから死は怖くない」という前向きな死生観を語っていらっしゃいます。そのような死生観を聞くと看取りの際の「悲しさ」や「辛さ」も和らぐ気がしますし、最後に寄り添うことの大切さもわかる気がします。

 相続の「相」は向かいあうとか、互いにとかいう意味があります。残された方々が亡くなられた方の生きざまと向かい合い、互いの生き方を見ることで今後を生きる元気をもらう、そのお手伝いを相続にまつわる仕事を通してできればと思います。