2018年9月に参拝しました。
熱田神宮は、伊勢神宮にお参りする前、名古屋で仕事があるときに、よく訪れている神社です。

街中にありますが、気持ちが落ち着く、神社の1つです。

アクセスがとても良い神社です。私は、名鉄 神宮前駅を使っています。


 


正面右から撮影、一番奥が本殿です


祭神は、

主祭神 熱田大神(アツタノオオカミ)

相殿神、天照大神(アマテラスオオカミ)、素盞嗚尊(スサノオミコト)、
    日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、宮簀媛命(ミヤスヒメノミコト)、
    建稲種命(タケイナダネノミコト)

熱田大神とは、天照大神のことです。
三種の神器の1つ、草薙神剣を御霊代(みたましろ)にして、これに依りましされます。
この御霊代とは、霊璽(れいじ)とも言いますが、祖霊の依り代(よりしろ)のことです。

神様は通常、剣や鏡、木、岩、山などのご神体を依り代にして、そこに現れると考えられています。

三種の神器とは、皇位の「しるし」とされ、日本書紀によれば、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)、草薙剣(クサナギノツルギ)、八咫鏡(ヤタノカガミ)になります。

この神器ですが、鏡と剣は神威を怖れて模造されています。
実物は、鏡は伊勢神宮、剣は熱田神宮にお祀りになっています。

模造された鏡は、皇居の賢所に、模造された剣と実物の勾玉は、皇居の剣璽の間にお祀りになっています。

相殿神は、「五神様」と呼ばれていて、この草薙剣と関係する神々となります。

この草薙剣は、以前は、天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)と呼ばれていました。

 

スサノヲ命が、八岐大蛇を退治したあとに、尻尾を切断すると出てきた剣です。
スサノヲ命は、天照大御神にこの剣を献上します。

天孫降臨のときに、天照大御神は、三種の神器として、ニニギ命に授けられました。

第10代の崇神天皇の時代に、神威を怖れて、皇居外に持ち出されます。

そして、鏡と剣は、紆余曲折を経て、伊勢神宮に落ち着きます(豊鋤入日売命(トヨスキイリヒメミコト)、倭日売命(ヤマトヒメノミコト)が伊勢神宮まで鏡と剣を運びました)。

そして、倭日売命の甥っ子、日本武尊が、父である第12代景行天皇に東国の征伐を命じられ、途中で叔母である倭日売命に会いに伊勢神宮に行きます。そこでこの「天叢雲剣」が授けられ、それを携えて、東国に行くのです。

その旅の途中で、敵から火攻めにあい、その時に、この剣で草を薙ぎ払って、日本武尊が難を逃れたという伝承があり(この場所が、静岡県焼津市、神奈川県相模原市の説がある)、これがこの「草薙剣」の改名の理由になります。

そして、東国から戻ってきて、妻の宮簀媛命に、この剣を預けたまま、伊吹山に出掛けていき、そこでの傷が原因で亡くなってしまいます。その後、宮簀媛命は、熱田の地に、この剣を神宝として鎮斎します。建稲種命は、宮簀媛命の兄で、日本武尊と一緒に東国に行き、その途中で亡くなられました。

そして天武天皇の時に、「三種の神器」として、皇位の保証となったのです。

という、剣がご神体です。

境内・境外には、本宮の外、一別宮、十二摂社、三十一末社が祀られています。

明治時代に、伊勢神宮と同じような建築様式「神明造」に変わりました。
 

 

 

 

特に、本殿左側から入れる「こころの小径」が素晴らしいです。
撮影禁止なので、残念ながら写真はありません。

ちょうど裏手にある、一之御前神社(いちのみさきじんじゃ)は、天照大神の荒魂が祀られています。ここをお詣りすると背筋がビッシと伸びます。決意を述べられると良いと思います。

清水社の御祭神は、水をつかさどる神様である罔象女神(みずはのめのかみ)祀られています。
水が湧いていて池があるのですが、ここにある石塔に向かって、柄杓で湧水を汲んで、3回かけると、願いがかなうと言われています。

 

また正門(南にある入口)の横にある別宮八剣宮(べつぐうはっけんぐう)、上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)もおすすめです。

樹齢1000年を超えると言われる、大楠も見所の1つです。白蛇さんがいるようで、見られたら良いですね。


 


立派な大楠です

 

参拝の記念に購入した、「きよめ餅」が美味しかったと評判でした。

次回も、参拝記録を紹介していきます。