メンズビギ マルイシティ横浜店 GM(ゼネラルマネージャー)の極私的ブログ -35ページ目

メンズビギ マルイシティ横浜店 GM(ゼネラルマネージャー)の極私的ブログ

メンズビギの商品紹介を中心に、
ファッションやカルチャー、ライフスタイル全般まで、
役立つものからどうでもいい話まで、
GM(ゼネラルマネージャー)独自の視点で綴るブログ。

テレビをあまり視なくなって久しいが、
私だって全く視ないわけではない。
ドキュメンタリー番組は好きだ。

中でもNHKの番組
「プロフェッショナル 仕事の流儀」は
毎週欠かさずとはいかないが、
たまに視る方である。
さまざまな分野で第一線で活躍中の
一流のプロの「仕事」を
徹底的に掘り下げる
ドキュメンタリー番組だ。

私は昔から
何でも器用にできる人よりも、
その道のプロとか職人とかに滅法弱い。
他のことは全然ダメでも、
たった一つのことを探求する姿勢に
人間としての魅力と凄味を感じる。
所詮、完璧な人間なんていないのだ。


先日、いくつか録り溜めていた
「プロフェッショナル 仕事の流儀」から、
          “家電の命、最後まで ”
                    ~電器店主 今井和美~
の回を視た。

舞台は、三重県の山深い里にポツリと佇む小さな電器屋さん。そこに修理を断られ、見放された家電たちが全国各地から続々とやってくる。店主・今井和美(60)に命を吹き込んでもらうためだ。今井の修理成功率は95%超!依頼者の「使いたい」に応えるため、半世紀にわたって数え切れない家電と向き合ってきた。その驚くべき修理技術と、貫く流儀に迫る…(NHK HPより)

という内容である。

今井さんは子供の頃、家にあったラジオに心を奪われ、次第に電子部品を買い集めて自作するようになった。そこからさまざまな知識を得た今井さんは、地元では有名な「電器少年」となり、噂を聞きつけた近所のオバサンから頼まれた家庭用ミシンの修理を直したら、凄く喜ばれ感謝されたことが嬉しくて嬉しくて堪らなかったそうだ。

中学を卒業した今井さんはいてもたってもいられず高校を一年で中退し、16歳で憧れていた大阪の大きな電器店で働き始めるが、修理を持ち込むお客様に、「もう直りません」と言うことを店から強要される。時代は消費社会の真っ只中だ。修理するより新製品を売ることが美徳とされた。

「家電にだって命がある。その命を最期まで救いたい」

これ以上自分に嘘をつきたくなかった今井さんは店を辞め、地元に戻って個人で電器店を営むことにした。

これで自分のやりたかった修理が思う存分できるはずだったが、系列店の中でいつも売上げが最下位の今井さんは、何度も電器メーカーから呼び出され、他の電器店主が集まる面前で詰られる。

そうこうしているうちに、大型電器量販店の急成長によって全国の街の電器店はどんどん廃業に追い込まれていく。そんな中、修理の技術をひたすら磨いてきた今井さんのもとへ、他の電器店やメーカーでさえ修理ができない行き場を失った家電製品がどんどん持ち込まれるようになった。

今井さんはこうなることを予想したり、イメージしたことは一度もないという。空気を吸うのと一緒で、持ち込まれた家電を一日でも長く使えるように淡々と直し続けてきただけで、そこには何の気負いもないという。

「好きなことをずっと続けていたら、こうなってしまっただけ」

今井さんはいつも笑っている。難しい修理の依頼が来れば来るほど嬉々としている。設計図も部品もない初めて扱う古い家電も、ばらして自分で回路図を起こしながら故障の原因を追究していく。むしろ、やったことがない修理を積極的に引き受ける。「同じことを繰り返してもつまらないでしょ」と事も無げに言う。キリのない作業でも決して諦めない。しかも依頼された修理箇所を直すだけでなく、これから先壊れそうな箇所も予防修理してしまう。50年にもわたる膨大な数の修理で培った経験と知識が今井さんを支えているのだ。

「もしかしたら僕は、修理をするために生まれてきたのかもしれんなぁ」

*画像はお借りしました

「家電は家族と一緒」とも今井さんは言う。家電にはその人や家の思い出が詰まっている。

今井さんにとってプロフェッショナルとは?

「お客さんの要望に必ず応えるということですね。こうして欲しいと言えばそのようにする。で、応えられるように一生懸命努力をしなきゃいけない」

お見事!
あっ晴れ!
ブラボー!
グラッチェ!

「奇跡のリンゴ」の木村さんの回に匹敵する
“神回”であった。



さて、去る1月7日…
ある一人のプロフェッショナルが
脳腫瘍で3年間の闘病の末に他界した。
その名はニール・パート(67)。
カナダの国民的ロックバンド
「ラッシュ」(RUSH)のドラマーである。

プログレッシブ・ハードロックと呼ばれるラッシュのサウンドは緻密かつ複雑でパワフルな楽曲が多く、それをたった3人でステージ上でも見事に再現する技能集団だ。その推進力になっているのは明らかにニール・パートのドラミングである。

私はラッシュのような音楽が決して大好きというわけでもないし(たまに聴くと爽快だが…)、アルバムも数枚しか持っていないが、初めて彼らの曲を聴いた時、それまで聴いたこともないフィルや音色、そのずば抜けたドラミングに驚いた。

さぞや派手で華やかで傲慢でテクニックをひけらかすタイプのミュージシャンかと思ったが、その後ライヴ映像を観る機会があり、ニール・パートという人物とプレイを初めて目にした時、私が勝手に抱いていたイメージとかなりかけ離れていたことに気づいた。

その凛々しい風貌と佇まいは、まるでストイックな修行僧のようだった。トレードマークの周囲を360゜囲まれた超巨大要塞ドラムという超ド派手なセットの中心にいながら、本人はいたって冷静沈着…。複雑な変拍子を効果的かつ的確に、ただひたすら寡黙にドラムを叩く姿は、まさに職人であり神々しいとさえ思った。

*画像はお借りしました

ツアー中のオフステージではホテルの部屋で一人静かに読書を嗜む。また、独学者でもあり作家としての一面をもつ彼には、紀行文も含め多数の著作もある。さらに、ラッシュの楽曲のほとんどの作詞も手掛けている。

ニール・パートのプレイを聴いていると、毎日とてつもない量の練習をしていることが素人の私にでも分かる。研究熱心な彼は、生音だけでなく電子音も積極的に取り入れる柔軟性を持ち合わせ、常に進化することを厭わない。そんな彼をリスペクトする同業者は後を絶たないという。

彼は少年の頃からドラムが大好きなのだ。よく授業中に机でビートを刻んで問題になったこともあったらしい。教師から言われたこの時の罰は、居残りして1時間机を叩き続けること。しかし、ニールは自らのドラムヒーロー「ザ・フー」のキース・ムーンのフレーズを嬉々として叩いたそうだ。

ニールはあるインタビューでこう応えている。

「自分自身のヒーローになることだよ。私は16歳の頃に感じた価値観を絶対に裏切らないと決めている。つまり、絶対に魂を売らないし、大人には屈服しないということだ」

16歳の頃に感じた価値観を
絶対に裏切らない…

奇しくもこれは、今井さんと全く同じである。住む世界が全く異なるこの二人には、不思議と共通点が多い。いや、不思議でもなんでもないのかもしれない。それこそがプロフェッショナルの極意なのだから…。



それにしても…
なぜかここ数年の1月は、
ベテランアーティストの訃報が多い。
そんな訃報を聞く度に、
そのアーティストの過去作品を
振り返る人は私だけではないだろう。

ご多分に漏れず今回もCDだけでなく
YouTubeでニール・パートのプレイを
何度も観ていたら視聴だけでは物足りず、
よせばいいのに一緒に叩いてみたくなった。

同じように叩けるなんて
これっぽっちも思ってない。
せめて雰囲気だけでも…

今ではすっかり粗大ゴミ化し、
部屋の隅で埃を被っている電子ドラム…
久しぶりにスイッチを入れてみたら、
バスドラとハイハットのペダルを踏んでも
全く音が出ない、、、

おお!何てこった!

あっ、そうだ!
今井さんに頼もっかな…。


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ニール・パートと今井さんの共通点の一つ…
プロフェッショナルへの道の原点は、
二人ともラジオだったのである…。

                            「Rush」
       “The Spirit Of Radio”

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メンズビギ横浜店  GMより


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