昨日、むかしよくおしごとをしていたカメラマンさんから

メールをもらいました。

元気そうだったのですが、とても気になることをかかれていました。


知り合いのかたが、3歳の頃、広島の原爆で被爆されているのですが、

今はそこらへんのかたよりずっと健康的で、パワフルに暮らしているそうです。


僕達はあらゆる情報に、右や左に振られますが、

もちろんこんな時期だから、情報は大切だけど、それだけではないのだということを

痛感させられました。


もちろん被爆をさせたいなんて、誰も思っていない。

でももし、被爆するようなことがあっても、

さまざまな形で、明るく元気に生きることはできるのかもしれない。


そう思わされたのです。


昨日関西の旧友に、「関東の人は東京電力のこと、どう思っているの?」と聞かれました。

すっとんきょんな、質問に感じたけれど、おそらく素直なところ。


僕の答えは、おそらくだれも東京電力のことを、本当は悪く思っていないとこたえました。

東電は、国から原発を持つようにされています。そして電力を供給し、それらにより、多くの家に

光と熱を配ってきました。

その恩恵にあずかっていたのは僕達です。

国は、国交や国としてさまざまな問題において、大きな電力を用いて、工場などを動かし、そして

生産もあげなくてはなりませんし、この現状を作ってしまったのも、ある意味、僕達です。


今は、東京電力や、政府にしか、怒りの矛先はいかない(いけない)かもしれないけれど、

本来は違います。


電力がない世界も考えられないけれど、目に見えない毒との戦いにも疲れ始めています。


とにかく、今の状態が沈静化し、このすべての騒動をはやく歴史として受け止めたいと思います。


ハシムラノブヤ