最近、師についてよく考えます。

編集部やスタッフとそんな話になったとき、

自分の師匠に対する考え方をみんなに話しました。


僕の父は、健在ですが、寡黙です。

話をしないというか、時間があまりうまくあわなくて

話す時間もなく、趣味などもあまりない人なので、僕と一緒に何かする

といったことはありません。

ただ、見守る、

ただ、心配するというタイプ。


僕が仕事で出会う素敵な若者たちの多くは父親が師匠的な人たちもいます。

そういう人はとてもうらやましく思います。

ただ、僕にはある時から、たくさん師匠がいることに気がつきました。


男の子としての兄貴的な存在である師には

恋愛のことや、サッカーのこと、そしてカッコ良く生きるということを学びました。

その人がいった言葉で、今だに忘れられない言葉があります。

小学校6年生の僕に、中学2年だった彼は

「本を買うのに射止めをつけるな。気に入った本はすぐにレジに持って行け!」

当時、僕はあまり本を買わない人だったけど、

この言葉で変わったという実感が今でもあります。

この人はキムタクみたいな人で、お洒落で、イケメンでかっこよかった。



他には高校二年から、ずっと僕に旅などを教えてくれた

これまた兄貴的な存在の、あの人は今どうしているんだろうか?

商売の厳しさと、チームの厳しさと、先輩後輩の厳しさと良さ、

そして忍耐を教えてくれたあの人。

「男は決めたらやらなあかんねん! 勝つまでやれよ!」

そんなことを言われた気がする。

厳しい人だったけど、本当にいろいろ教わった。

デニムとか古着とか、アウトドアウエアとかにもとってもとってもうるさくて、

なんでもかんでも知識のない自分に対して、いらだっていたっけ?

でもその人のおかげで、今の自分がある。

古着もアウトドアも、旅でも何でも来いと思える自分がいる。


さらに

北海道で出会ったあの人は

激しく、険しい雪山をいかにして滑ればいいかという僕の質問に対して、

「全運動神経で集中して滑れば大丈夫、怖くない!」

と教えてくれた。

そうか、そりゃそうだって思ったんだよね。

今までの自分がどこか本気になっていなかった気がしてきて、

もっともっと本気で取り組んだらできるんじゃないかって思わせてくれた。

有名な人だったけど、本当にパワフルでかっこいい人だった。

そしてファッションセンスがいい。

持ち物のセレクトもよかったな…。


そして忘れられない冒険家のあの人。

とてもとても偉大で、大きな存在。厳しかった。

同じ空気を吸うことにも、なにか戸惑いを感じさすほどの人だった。

多くの人から好かれ、人が集まる優しさがあるが、

厳しい自然に対して挑むその真の男の顔をいつも見ていた。

まだ何もできなかった僕は、ただただ、師の経営する梁山泊で

居候生活をしていた。

「人間は謙虚じゃなきゃだめだよ。どんなことがあっても、人がなんと言おうと

とにかく謙虚に。メディアがなんと言っても、自分は謙虚でなきゃだめだ…」

北海道の山奥でその山に入る人々に対して

雪崩警報を出し、そして人が雪崩に流された時には救助隊に入り、

隊長となり、探す。

夏には世界のさまざまなところを、シーカヤックで単独で走破してしまう人ゆえの

オモイオモイ言葉だった。

あれ以降、ぼくはどんなときも謙虚であることを誓った。


そうなんだ。

いろいろな形で出会った師匠たちが、ぼくに教えてくれたんだ。

今、それぞれの師に対して、とても感謝している。いつもだが。


そして、僕にとって、今のすべてを構築してくれたと言ってもいい人がいる。

この人との出会いはとても衝撃的だった…。


本当の師は、すべて言葉を多く語らず、生き方を見せてくれる。

そしてその姿を、追うだけだと思う。

導いてくれるようなことはない。

歩いて行く方向を教えてくれて、ただ近くにいると何かが見えてくるだけだと思う。


今もそれらの人たちが僕のそばにいる気がする。


ヨガスートラの原本である、ウパニシャッド(傍らに座る)。

まさに師は、傍らにすわり、ただ沈黙で、今、どのように生きているかを見守っている気がする。


どんなことにも、負けられないし、ぜったいにあきらめない。

師の話を書いていたら、一人で情熱大陸に着地してしまった…。


うん、ナマステ。


ハシムラノブヤ